『鎌倉殿の13人』にちなんで全13回で進めてきたこの連載も、ついに最終回まできた。
今回は、「梶原大刀洗水」という梶原景時に関連する史跡へ行く。この「大刀洗」という言葉は、鎌倉駅のバスロータリーから「鎌倉霊園正門前太刀洗」行きというバスが出ているので、目にしたことのある人も多いはずだ。
さて、前回訪れた大江広元屋敷址から、金沢街道をさらに東へと歩を進め、「十二所神社」バス停のところから右手の旧道に入り、道標に従い「朝夷奈(朝比奈)切通し」を目指す。十二所は、「じゅうにしょ」または「じゅうにそ」と読む。
道標にしたがい金沢街道の旧道に入る
滑川の支流である大刀洗川の源流を遡るように金沢街道の旧道を歩いて行くと、途中で舗装道が終わり、砂利道となる。この辺りまで来ると木立の深さが鎌倉市内とはとても思えず、やや大げさだが深山幽谷の気配すらある。
途中、左手の川の流れの向こう側の崖に目をやると、樋(とい)を伝って、小さな水流が川に注ぎ込んでいるのが見える。これが、「梶原大刀洗水」である。
梶原大刀洗水
名前の由来は、梶原景時が御家人の上総広常をこの付近にあった広常の屋敷で誅殺し、その帰りがけに、この水で太刀に付いた血糊を洗ったという伝説による。
頼朝旗下の武将の中で広常は、『吾妻鏡』によれば2万騎を動員できるという、ずば抜けた勢力だった。そのため、態度が増長し、頼朝にとって政権運営上、目の上のタンコブのような存在になりつつあった。その頼朝の意向を汲み、広常を討ったのが景時だったのである。
この大刀洗水のすぐ先には、「三郎の滝」という小さな滝が流れ落ちている。以前は、この滝から左手に進み、朝夷奈切通しの峠道(金沢街道旧道)を越え、六浦に抜けることができたのだが、残念ながら現在、「この先、横浜市側への通り抜けは出来ません」との看板が出ている(2021年10月末現在)。
「この先、横浜市側への通り抜けは出来ません」との看板が出ている
ちなみに、「切通し」とは何かといえば、山の尾根を掘り下げて通した道のことである。丘陵に囲まれた鎌倉は、天然の要塞のごとく防御に優れているが、都市として発達するにつれ、外部との往来を容易にする必要がでてきた。そのために俗に「鎌倉七口」といわれる7つの切通しが開かれたのである。
極楽寺坂、大仏(おさらぎ)坂、化粧(けわい)坂、亀ヶ谷(かめがやつ)坂、巨福呂(こぶくろ)坂、名越(なごえ)、朝夷奈の七口のうち、比較的、往時の街道の面影が残っているのが、大仏坂、名越、朝夷奈である。
この朝夷奈切通しは、第6回で紹介した和田義盛の三男で武勇に優れた朝比奈三郎義秀が一夜にして切り開いたという伝説がある。ちなみに、先ほどの「三郎の滝」の名は、この三郎義秀に由来する。
朝比奈三郎義秀にちなむ「三郎の滝」
朝夷奈切通し(峠付近)。崖を切り下げて道を通した切通しの形状がよく分かる
もちろん、それは作り話であり、史実はといえば、3代執権の北条泰時の時代に、鎌倉の都市機能の発達に伴い、道路整備が急務となったため、幕府の力によって開削されたのである。泰時は工事の陣頭指揮に立ち、自らの乗馬に土砂を積んで運ばせたというから、並々ならぬ意欲をもって、この道の整備に当たったようだ。
さて、最後にもう1カ所だけ、紹介しておきたい場所がある。金沢街道沿いの浄明寺エリアと南側の大町エリアを結ぶ「釈迦堂切通し」である。山の多い鎌倉には「七口」のほかにも、市内の各所を結ぶ、このような切通しがある。
このダイナミックな「釈迦堂切通し」は、ある意味において鎌倉を代表する景観だったが、残念なことに現在、落石の危険のため通行止めになっている。
なお、この切通しの名前の由来になっている「釈迦堂」は、泰時が父である義時(『鎌倉殿の13人』の主人公)の菩提を弔うためにこの付近に建立した寺院だったのだが、どのような寺院だったのか、また、具体的にどこにあったのかも解明されておらず、「幻の寺」とも言われている(※)。
通行できた当時に撮影した釈迦堂切通し。鈴木清順監督の映画『ツィゴイネルワイゼン』には、印象的なシーンで登場した
釈迦堂についての案内版
さて、湘南モノレール沿線発、『鎌倉殿の13人』史跡巡りモデルコースを紹介してきた。この原稿を書くに当たり、筆者も当然のことながら全行程を歩いて取材したが、時間的にも体力的にも1日で歩き切るのは難しく、前半・後半の2日間に分けて歩くのが妥当と思われる。無理をせず、ぜひ、古都の景観やグルメなどもあわせて楽しみながら歩いてみてほしい。
※ 以前はこの釈迦堂付近に初代執権北条時政(義時の父で『鎌倉殿の13人』の1人)の屋敷があったとされていたが、最近の調査でこの説は否定されるに至っている。
【地図】
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