「まるで、ジェットコースター!」 乗車した人々が、こんな感想を口にするモノレール路線が、神奈川県の湘南エリアにある。JR東海道線、横須賀線などが乗り入れる大船駅と、観光地・江の島への入口に位置する湘南江の島駅との間6.6kmを、およそ14分で結ぶ湘南モノレール江の島線である。わずか6.6kmだから首都圏の鉄道路線図を広げてみても全く目立たないし、すぐ近くを走る江ノ島電鉄が、「江ノ電」の愛称で全国的にその名をとどろかせているのと比べると、知名度もまだまだである。
だが、この短い路線には、とてつもない魅力が詰まっている。そして、その最大の魅力とは、おそらく世界中を探しても、他では味わえない唯一無二の乗車体験ができることなのである。
まず、このモノレールは世界的にも珍しい懸垂型(1本の線路からぶら下がる形式)モノレールの技術を採用している。モノレールといえば、一般的には東京の浜松町と羽田空港を結ぶ東京モノレールのように1本の線路に跨がって走行する跨座(こざ)型モノレールを思い浮かべる人が多いだろう。それもそのはずであり、現在、日本には9事業者が運営する11のモノレール路線があるが、跨座型が多数派なのである。
また、湘南モノレールは、主に鎌倉市西部の起伏に富んだ丘陵地帯を走行するがゆえに、その独特な乗り心地も大きな特徴になっている。会社の公式ホームページには、「最高速度75km/h、まるでジェットコースター! 激しいアップダウンに、トンネル・カーブ・急勾配(こうばい)...アトラクション満載のコースをお楽しみいただけます。」と書かれているが、これが、あながちおおげさでないことは、実際に乗車してみれば、すぐに分かるはずだ。
さらに、空中からの車窓風景も湘南モノレールの魅力になっている。大船の街路上空からスタートし、緑豊かな住宅地を駆け抜け、終点の江の島に近づくにつれ、遠方に湘南の海のキラキラとした輝きが広がり始める。このドラマティックな車窓風景の変化を鳥目線で、しかも遮音壁がないためにダイレクトに楽しむことができるのだ。
緑豊かな鎌倉市西部の住宅地を疾走する湘南モノレール
この湘南モノレールが大船駅―西鎌倉駅間で部分開業を果たしたのは、今から半世紀前の1970年3月7日、湘南江の島駅まで全線開通したのは、その翌年の1971年7月2日であり、今年(2021年)7月2日には全通50周年を迎える。この記念すべき日に向けて、「湘南モノレール全通50周年記念誌」が編纂されることになり、その執筆の大役を私が仰せつかった。
私はこれまで、フリージャーナリストとして様々なメディアで湘南モノレールを取材してきたので、同路線に関する一通りの知識は持ち合わせているつもりではあったが、記念誌執筆に当たり、改めて昔の社内資料や、新聞・雑誌の記事などを大量に収集し、読み込んでみた。その結果、浮き彫りになったのは、湘南モノレールの建設事業が、当時、いかにエポックメイキングなものであったかということである。また、建設責任者の手記には、建設の過程で展開された、あたかも「プロジェクトX」で取り上げられるような人間ドラマが記録されており、これにも強く興味を惹かれた。
建設工事中の様子(富士見町駅付近)
世界的にもほとんど前例のない懸垂型モノレールの本格的な営業路線(※)を建設するという難事業に取り組む湘南モノレール㈱の面々。彼らの行く手に立ちはだかる法律上の制約、資金調達の困難、工事・工法上の難問など、数々の高い壁......。
記念誌の原稿を書き進めるにつれ、モノレール建設の過程で起きた様々な出来事を、記念誌とは別に、文字数の制約にとらわれず、もっと詳細に書き記しておきたいという気持ちが湧き起こってきた。「ソラdeブラーン」というWEBマガジンへの連載を思い立ったのは、こうした理由からである。
本連載は全線開通50周年にちなみ、全50回で完結するよう書き進める予定である。残されている昔の貴重な写真や映像等を織り交ぜながら、可能な限り楽しい読み物にするつもりだ。また、本連載が地域の歴史を語り継ぐ一助となるならば、著者としてこの上ない喜びである。
連載のスタートは3月1日。湘南モノレールは、なぜ、この湘南の地に建設されたのか。また、なぜ、モノレールでなければならなかったのか。まずは、その歴史的背景をひも解くところから筆を進めたいと思う。
※湘南モノレール以前に建設された懸垂型モノレールは数例あったものの、本格的な都市交通として機能しているものは、ドイツのヴッパータール空中鉄道(1901年開業)が唯一だった。
本連載記事は、週3回(月水金 祝祭日を除く)に掲載します。連載終了後に、他のエピソードを追加、写真・図表等を充実させ、神奈川新聞社より書籍として刊行する予定です。