江の島への近道 湘南モノレール株式会社

第3回

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 お次は海の闇だ。地中から生えてきたポストの先から、趣のある路地を抜け、国道を渡って由比ヶ浜に出よう。国道の近くは明るいが、とくに干潮時は、波打ち際まで行くとかなり暗い。ここなら深夜でも「先生のバカヤロー!」とか「貴様それでも武士かー!」などと海に向かって目一杯叫んでも問題ない。
 白い波が幾重にも闇の奥からやってくる。空気の澄んだ夜は、鎌倉でこんなに星が見えるのかと驚くほどで、引き潮でびしょ濡れのたぶたぶの砂に星々が映る。春から秋口にかけては、夜光虫の青いきらめきが闇を彩ることも珍しくなく、空にも地にも海にも星がきらめいているような状態になる!

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 鎌倉を舞台にした吉田秋生のまんが『海街diary』はいろいろ素晴らしいが、鎌倉を「海街」と表現したところもさすがだ。海辺に人が集まって住めばそこはふつう「漁村」「港町」あるいは「浦里」と呼ばれる。それが東京のように都市化しすぎると浜辺を失い、海と疎遠になる。だが、鎌倉は自然の浜辺を失わず、海に親しみながら都市化していて、「海街」という言葉が実にしっくりくる。
 しかも鎌倉は、海に寄り添う「海街」であるだけでなく、山に寄り添う「山街」でもある。夜の山も海辺も里も街もそれぞれにいい。それを全部セットで楽しめるのが鎌倉だ。

 由比ヶ浜は固くて歩きやすい砂浜で、もう風はすっかり収まっていて寒くもなく、実に快適だ。波音を聴きながら砂浜をずんずん進むと、3本の川を渡ることになる。
 まずは稲瀬川。ジャンプすれば渡れてしまう。ツアー参加者の中には苦労した人もそれなりにいたが、全員無事跳び越えた。すぐあとにさらに小さな流れ(美奈能瀬川か?)を渡る。実は由比ヶ浜は、川をポンポン跳んで渡って、ちょっとダイダラボッチ気分になれる、楽しい海岸なのだった。
 最後の滑川は、河口に最も近い滑川橋のあたりでは川幅がかなり広くなるが、砂浜から海に注ぐところで急に流れが細くなっているのがおもしろい。水量が少ないときなら、気合いを入れて跳べば渡れるが、難しければ無理せず橋を渡る。
 滑川は砂浜で蛇行して、カーブの外側の砂の小崖が、次々と音とともに崩れる。崩れ落ちる氷山のミニチュアといった感じで、こぢんまりとダイナミックだ。
 このあたりはかつて、人と動物の一大埋葬地だった。近くに閻魔堂があったので、滑川の最下流は閻魔川と呼ばれた。だが、そういう場所は得てして眺めがよく、居心地がいい。いにしえの死者を想いつつ、みんなで弁当を広げた。

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 昼間に由比ヶ浜に腰を下ろしてリュックをごそごそしようものなら、真上にトンビが集結してヒッチコックの映画『鳥』のような不穏な光景になり、あっという間に弁当をさらわれるが、トンビは昼行性だ。夜は来ない。あの由比ヶ浜で、信じられないほどのんきに弁当を食べられるのだ。

 滑川を渡ったら、材木座海岸を歩いて国道をくぐり、材木座の街に入る。季節はちょうど梅の花の見ごろだった。いや、嗅ぎごろだった。桜は見る花、梅は嗅ぐ花だ。桜の花はあまり匂わないが、梅の花はよく匂う。しかも深夜は、人間の活動が生み出す騒音ならぬ騒臭が消え、暗いと嗅覚も敏感になるから、ますます匂いが強く感じられる。
 だが今夜は、沈丁花の圧勝だ。沈丁花の匂いがちょいちょいやってきて、その発生源を見つけるのが楽しい。沈丁花の強い匂いは、歩いていると急に飛び込んできて、その出し抜けな感じがいい。ちなみに、梅も沈丁花も中国からやってきた。

 材木座の鎮守の五所神社は、住宅街と融合している感じで、深夜に大勢でわやわやと参拝するのはどう考えても迷惑。なので、希望者だけで静かに賽銭して参拝したが、昼間にぜひ訪れてほしい見どころ満載の神社だ。イノシシに乗った摩利支天のボリューミーな石像や、バラエティ豊かな庚申塔たちなども興味が尽きないが、「お春像」というちっちゃい石像が気になりすぎる。背後には大きな板の十字架。隠れ切支丹の殉教の姿らしいが、だれだろう、お春。どんな物語があるのだろう。

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 材木座を抜け、水が飲みたくなった日蓮が、ここで杖を地に突き刺したら水が湧いたという日蓮乞水や木の電柱(鎌倉は驚くほど木の電柱が多い)を眺めつつ、その先の踏切を渡って梅が香る坂を登り、名越切通し大町口からまた山道に入る。ここは暗い。非常に暗い。

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中野純(鎌倉大横断編)
体験作家、闇歩きガイド。「少女まんが館」共同館主。地獄のファーストレディ、奪衣婆を偏愛。霞ならなんでも食う。おもな著書に『「闇学」入門』(集英社新書)、『闇と暮らす。』(誠文堂新光社)、『庶民に愛された地獄信仰の謎』(講談社+α新書)、『東京洞窟厳選100』(講談社)、『闇を歩く』(光文社 知恵の森文庫)、『月で遊ぶ』(アスペクト)、『少女まんがは吸血鬼でできている』(大井夏代との共著、方丈社)、『東京サイハテ観光』(写真/中里和人、交通新聞社)などがある。
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