夜が更けた。ハイキングへ行こう。
2月下旬の土曜、雨上がりの22時。住宅地の中の無人駅、湘南モノレール片瀬山駅に、リュックを背負ってトレッキングシューズなどを履いた人たちが集まってきた。これから、鎌倉市の西の果てから東の果てまで歩き通す「鎌倉大横断ミッドナイトハイク」が始まる。鎌倉の名闇を次々に訪ね歩きながら、街と自然がひしめき合い、現在と過去がひしめき合う古都鎌倉の闇夜を楽しみ尽くす。
私は、ひたすら闇を求めて闇を楽しむ「闇歩き」に、もう四半世紀以上、夢中になっている。山の闇も海辺の闇も、川辺も野も街も大都会も、さらには真っ昼間の洞窟の闇も、なんでも、ただ暗いというだけで景色も自分もすっかり変わって、どこを歩いても楽しい。日が沈む前から歩き始めて夜の帳が降りるのを体感するトワイライトハイクや、宵のうちに2〜3時間だけ歩いて終電までに帰る軽いナイトウォークなど、いろんな闇歩きをやっていてそれぞれに楽しいが、やっぱり一番なのは、夜遅くから朝まで歩く闇夜のミッドナイトハイクだ。
「なにを酔狂な」と思うだろうが、そうでもない。実は室町時代から、日本人にとって山登りといえば、山上でご来光を拝む深夜の登山だったのだ。ミッドナイトハイクは日本の伝統的なレクリエーションなのだ。
ミッドナイトハイクをするなら、たとえば丹沢や箱根のような闇深い山地がいいが、鎌倉もいい。鎌倉の山は最高峰でも標高160m弱だが、あなどってはいけない。鎌倉の東西と北は山で、南は海。つまり夜の鎌倉は闇に囲まれている。いわば闇四方固めの闇深い土地だ。夜の山道に一歩足を踏み入れると、そこはまったくの別世界。フクロウの鳴き声が森に染み入り、夜行性のケモノたちが跋扈し、春から秋にかけてはクロマドボタルが密かに黄緑色に明滅して闇を彩る。
片瀬山駅は鎌倉市にあるが、駅前の坂をちょっと登るとすぐに藤沢市との境になる。今夜はここから鎌倉市を大横断して、横浜市まで行く。雨天で1日延期したためキャンセルがあったものの、それでも総勢17人の男女が一斉に夜更けの市境を超えた。
まずは丘の上の閑静な住宅街を下りきり、神戸(ごうど)川沿いの小径を歩く。さまざまな生き物でにぎわい、アユが遡上する豊かな川ではあるが、用水路に毛が生えたような狭く浅い流れなのに、闇の川面にカモが驚くほどたくさん休んでいる。
続いて、神戸川支流の二又川に架かる五郎丸橋を渡る。橋の名は、ラグビーの五郎丸歩でなく、源頼朝に仕えた御所五郎丸に由来するが、せっかくなので「前傾姿勢で両手を組んだ例のポーズで渡ろう」と呼びかけたら、まあまあ嫌がられた。
たわけたことをやっているうちに、鎌倉広町緑地の御所谷入口に到着。いわゆる里山の雑木林や田んぼ、湿地帯などが広がるこの緑地は、鎌倉市と市民団体の協働で保全されている。入口広場に電灯があるだけで、あとは約48haの素晴らしい闇を湛えている。
ふつうの山のとば口なら、山の神さまを祀ったお社があるので、必ず賽銭をして手を合わせてから闇に入る。それは、その山を守っている地元の人々への感謝の気持ちであり、自主的な通行料のようなものでもあると思っている。こういう緑地の入り口にも賽銭箱があればいいのにと、いつも思う。