暗渠マニアックス 髙山英男
■大船駅前、水景色
ではいよいよ、モノレールを降りて沿線をじっくりと味わっていくこととする。
今回は手始めに大船駅周辺エリアとなるが、暗渠の話をする前にまずはこの土地の概要をつかんでおこう。
大船は、駅の西側を南北に流れる柏尾川と、そこに注ぐ砂押川と梅田川とに三方を囲まれた土地だ。さらに東西は丘陵に挟まれ、東の丘から大船駅に向かって続く低地に繁華街が広がっている。
【図1】大船駅前周辺エリアの模式図。川と丘陵に挟まれ、昔は田んぼの広がる土地だった。
ここが商業地として発展したのは戦中戦後からのようで、1939年以前の地図を見ればこのエリアはほとんどが田んぼだ(『時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」』より)。
明確な川筋は現代の柏尾川・梅田川・砂押川以外に地図に見当たらないが、まるっと田んぼであっただけに水の豊かな土地であり、あちこちに水を入れる・水を抜く水路が張り巡らされていたはずだ。そのためか、戦後繁華街となった後もたびたび洪水に悩まされてきたという。そう、そんな水とのかかわりを持ちながらうつろってきたのが、大船の暗渠なのである。
■孤高の水門をはじめとした「暗渠サイン」たち
大船駅前エリア暗渠のたたずまいとしては、大きく二つの見どころがある。それは①暗渠サイン的見どころ と②暗渠「ANGLE」的見どころ だ。
まずは①暗渠サイン的見どころからいくと、その代表格は前回ご紹介した、駅前にぽつんとある水門だ。
【図2】丸いハンドルで地下の仕切りを上下させ、暗渠水路を開け閉めする水門。駅前で水を守る孤高の存在に胸が熱くなる。
暗渠の傍によく見られる、すなわち暗渠の存在を予感させる物件のことを我々は「暗渠サイン」と呼んでいるが、その予感の確からしさは物件によってまちまちである。
【図3】上に行くほど「確実に暗渠あり」、下は「暗渠のないところでもまあ見られる」という順番(当社比)に暗渠サインを並べた『暗渠サインランキングチャート』。
しかしその中でも水門や橋跡などは、暗渠の存在をほぼ確実に示す「暗渠サイン」であり、大変貴重な存在だ。それが駅前に堂々と立っているとあらば、それだけでそこはもう立派な暗渠名所なのである。
その他、暗渠横の銭湯や、
【図4】暗渠の傍らにあるひばり湯は、創業は1969(昭和44)年。当時はまだ川の水面は見えていたのだろうか。
砂押川に蓋をする形で作られている駐輪場など、
【図5】砂押川の一部を塞ぐ格好で造られている「大船駅東口自転車駐車場」は、スケールの大きな蓋暗渠である。
その他の暗渠サインも確認することができる。銭湯など大量の水を使う産業は、「排水に便利だから」、駐輪場など広いスペースを要する施設は「暗渠化によってまとまった土地が確保できるから」というのが、これらが暗渠のそばでよく見られる理由だ。
■蓋暗渠の花道から見上げるモノレール
次いで②暗渠「ANGLE」的見どころであるが、まずこのチャートをご覧いただこう。
【図6】開渠と暗渠の状態を、加工度別にモデル化した『暗渠「ANGLE」』右に行くほど加工度が高くなる。
開渠→暗渠にはその加工度によってこんな分類ができる。暗渠となるのは「レベル2」以降だが、都市化が進んだ現代の市街地では「レベル3」以上の暗渠が多く、その加工度一歩手前、単に「蓋をするだけ」のプリミティブな「レベル2」はなかなかの希少価値があるといえる。こんな蓋暗渠にたくさん出会えるのが湘南モノレール沿線(の東半分)の魅力なのだ。もちろん大船駅エリアでもそんな暗渠に出会うことができる。中でも特に感動的な蓋暗渠名所が、大船3丁目1番と大船3丁目2番の間を貫くここだ。
【図7】まるで暗渠マニアの花道のような蓋暗渠。見上げる正面にときおり湘南モノレールが流れていく。
横の車道からまるで花道の如く一段高くなった護岸に、幅の広いコンクリ製の蓋が掛けられている。この上を歩いているときに目の前に湘南モノレールが横切れば、川の上とレールの下、同じ「流れる者」同士の深い絆が瞬時に結ばれるような気さえしてくる。
この蓋暗渠は途中から「レベル3」の舗装暗渠に姿を変えるが、表面の色やテクスチャが他と違うので流路は明快だ。大船市場まで辿れば、さらに東から直角に合流してくる暗渠も見えてくるだろう。
【図8】大船市場の丁字路暗渠。奥から流れてくる水路に、入口手前で東(右手)からのもう一本の水路が合流している。
その他にも周辺には蓋暗渠や他と違う色をした舗装暗渠があちこちに点在しているので、そのつながりを追えばちょっとした宝探しのような気分が味わえるはずだ。
さあ、じろじろと下を、そしてたまにはモノレールを見上げながら、大船暗渠タウンを歩いてみよう。
【図9】主な大船駅前エリアの暗渠。この他にもまだきっと見つかるはず。ぜひ確かめに行ってみよう。
次回からは暗渠マニアックス・吉村生にバトンタッチし、湘南深沢エリアを中心にさらに湘南モノレール沿線の魅力を深掘りしていく。
<参考文献> 『水の出る街、大船 ある自転車職人の自伝』佐々木泰三(1998年 かまくら三窓社)