私自身は真っ暗も薄暗がりも好物だ。暗ければなんでもいいという中野氏に対して、私は明るいのが嫌いという質。それ以上に、日常から少し逸脱した空気があれば、真っ昼間でも構わない。
だから東浜に向かう途中、ひと言も発さずに、民家の並ぶ階段を下りていくのは楽しかった。
声を出さないのは住民への配慮だが、ここに住んでいる人達は、暗闇を求めてさまよい歩く一団が自宅の脇を通っているなんて、思ってもいないに違いない。
ふふふふふ。
ほくそ笑みつつ堤防に出ると、夜の海が広がった。同時に島の岩壁が荒々しい姿を見せて、近づくほどのしかかってくる。
ほんの束の間、月が見えた。それを拝んで、海に続く階段を下りれば、一枚岩のごとき岸に出る。
この辺りから、ついに堪えきれなくなったように雨が降り出してきた。
同時に、
「光った!」
誰かが言った。
また、ばけたんが赤く光ったのだ。
波は黒々と打ち寄せて、濡れた岩が何かの加減で明滅する。岩を回り込めば先まで行けるし、釣客の姿もある。けれど、私は岩場の手前に留まり、ほかの人達も敢えて踏み込もうとはしなかった。
なんとなく雰囲気が浮き足立っている。
まあ、ばけたんはお化けの予告燈みたいなものだ。その先に敢えて進むのは、いきなり怪異に出くわすよりも怖く感じるものかもしれない。
海が苦手な私は何がなくとも、岩の隙間をちらちら動く白い波の手を見ているだけで、先に進む気が失せた。ああ、ヤダヤダ。怖い怖い。
すると、三たび声が放たれたのだ。
「光った」
またか、と見ると、今度光ったのは波打ち際、即ち海そのものだった。
「夜光虫だ」
中野氏の言葉を受けて、皆が手を入れて水をかき回す。と、水はぬらぬらと蛍光ブルーに輝いた。
徐々に強くなる雨の中、傘も差さない二十余名が波打ち際に手を突っ込んで、光る光ると笑っている。
これこそ怪談ではなかろうか......。
「観闇」と記しつつ、結局、江の島は光を観る場所だったのかもしれない。
そして怪談闇歩きとは、闇を歩いて、自らが百鬼夜行の一員となるツアーだと、改めて実感したのだった。
了