龍口園の痕跡を探しにいく
龍口園の跡地は、現在藤沢市が管理する「片瀬山公園」となっているのだが、今はどのような姿なのだろう。
公園の入口は、湘南モノレール「目白山下駅」の脇にある。
広い公園だが、出入り口はここ一カ所のみ。
入り口からすぐに坂を上る
空は大木の群生に隠され、全体に薄暗い印象だ。
道→細長い平場→道 をくりかえしながらのぼっていく。
途中の説明板に龍口園のことが書かれていた。
だいぶのぼったのだが、茂った木々にさえぎられ、わずかな隙間からしか街をのぞめない。
かつて眺望の名所といわれた面影はほとんどない。
どの方角も茂みが視界をさえぎる。ちなみにこちらは富士山方向。
龍口山山頂。
灯台のようにそびえる6階建の展望台があったはずの平場だが、それほど広くない。
土台など、なにも見つからなかった
この公園には何度も来ているのだが、実は一度に二組以上の人に会ったことがない。
かつてこの場が遊園地として賑わったことを思うと、閑散とした様子が物悲しい。
ひと気のなさは、眺望がきかなくなっていることだけでなく、広い園内に出入り口が一カ所しかなく、せっかく上ってもまた同じ場所に戻るしかない公園のレイアウトにも 問題があるのだろう。
高台の眺望の回復と、海岸側からも気軽にアプローチできるような整備をお願いしたいものだ。
エレベーターが設置されていた場所にも行ってみた。
写真中央部の山の斜面(くぼみ)にエレベーターがあった。
山に添うように敷設された道路が、ここではエレベーターの外側を走った。
山肌が「コの字型」に大きく削られている。
劣化したコンクリートがところどころ残っているのだが、エレベーターにかかわるものか判断がつかない。
第二次大戦中には、ここにさらに穴をほって防空壕がつくられ、町の避難場所になっていたそうだ。
モノレール「湘南江の島駅」がすぐそばにみえる
結局、龍口山山上にも、エレベーター跡地にも、「これだ」と確信できる遊園地の痕跡を見つけることはできなかった。
時空を超えた駅
帰宅しようと、最寄りのモノレール湘南江の島駅にのぼった。
静かなホームには、かすかに潮のかおりがする。
その時、目の前の景色にふと既視感を覚えた。
のぼっていくS字カーブの道路、右から左へ下る斜面
以前、鎌倉山の歴史を調べた本に載っていた、自動車専用道路 開通当時の写真だ。
(米山尚志著『鎌倉山正史』内画像 鎌倉市中央図書館蔵)
「目白山付近」という注記を読み(目白山は龍口山の北側一帯の地名)、「昭和の初めに、これだけの高さから道路を真下に見ることができるのは、龍口園のエレベーターからしかない」と思っていた。
現在の駅は、ちょうどかつてのエレベーターのすぐ脇にある。
やはりエレベーターから撮ったのではないだろうか...。
そのとき、ゴーッと軽い振動とともにモノレールがホームに滑り込んできた。
窓に顔を押しあて外を眺めていた男の子が、ひらいたドアから飛び出してくる。
手をつないだカップル、リュックを背負ったこどもたち、モノレールと記念写真を撮る家族連れ。
ホームは一転して賑やかになった。
そう、色のない絵葉書の陰気なトーンばかり見るうちに、いつしか頭の中の龍口園には暗いフィルターがかかっていた。今から90年近く前、陽ざしをいっぱいに受けたエレベーターに集まってきたのは、こんな笑顔ばかりだったに違いない。
地元の水彩画家 故 金子繁治さんの描かれた龍口園。金子さんは幼少の頃に園を目にされていた。おだやかな海街を、エレベーターが見守るように立っている。(江ノ電沿線新聞社提供)
モノレール湘南江の島駅。
そういえば、組み上がる鉄骨と空に浮かぶようなホームは、なんだか龍口園のエレベーターを思わせる。
「もしかしてこの駅...」
幻のエレベーターは、いつのまにかよみがえっていたのかもしれない。
<さらに詳しく>
・『新月夜ノート』2019年3月1日記事(ライブドアブログ)
~幻の遊園地~「江之島龍口園」の軌跡
http://sinngetsuyo.livedoor.blog/archives/16181804.html