大きなアーケードがあるわけではなく、商店街はごちゃっとした展開になっている。個人商店が並んでいるかと思えば市場があったり飲み屋街があったりしておもしろい。
中華店は固まらず、広範囲に点在しているようだ。もう、ぶらぶらしているだけでどんどん発見できる。最近はラーメン専門店がやたらと幅を利かせている街が多いのだが、大船はむしろ、麺・飯・単品を備える"飲み中華"が健闘している気配だ。もちろん典型的な町中華も複数ある。数の点でもバラエティの豊富さでも、町中華タウンと呼んでも差し支えないレベルだろう。好感度高すぎ。大船の人には自信を持ってもらいたい。
歩きだして30分、宮田さんの眼光もぐんぐんスルドさを増し、戦う男の目つきになってきた。
「私、大船の商店街が大好きなんですが、中華がこんなに充実していているなんて知りませんでした」
そこだ。人は見たいものしか見ない。僕は短時間で大船の町中華事情を把握したが、それ以外にどんな店があるかと訊ねられたら何も答えられないだろう。もしも不動産に興味があるなら、今頃はこのエリアの相場がわかっているに違いない。何か一つ、好奇心の軸を持っていると知らない街を歩くのが好きになってくる。街は情報の宝庫なのに歩きスマホに夢中になっているなんて...。
そんなことより、注目すべきは開店前のこの時間帯に、店内やドアの拭き掃除をしている店が多いことだ。町中華は午前11時ごろ開店する店が多い。準備でもっとも大切なのはスープの仕込み。次いで、餃子や野菜の下準備となる。それなのに10時過ぎから拭き掃除をして客を迎える態勢が整いつつあるのだ。厨房の準備はだいたい終わっていると考えていい。しかも、拭き掃除をしているのはおかみさんたちである。家族経営で、早い時間から準備にかかっているからこそできることだ。
ルーティンワークは時間をかけて身につく。すなわち、大船の町中華の多くはこれが当たり前となっていると考えられる。う~ん、期待が高まるばかりだ。長年やっている店は建物が古かったりするためにキレイという評価を受けにくいのだけれど、僕はそうは思わない。使い込まれた椅子やテーブル、カウンター、調理器具は美しいものだし、清潔感のある店内はとても居心地がいいのだ。
大船の商店街で個人店ががんばっている理由の一つもこれだろう。居心地は一日にしてならず。そんな格言はないけど、新しくてピカピカな店が出そうとしても出せない、この商店街のストロングポイントはそこだろう。
ここで我々は興奮を鎮めるべくモノレールに乗車。ぶら~んと江ノ島まで行き、ぶら~んと引き返す間にわかったことは、途中駅に飲食店が乏しそうなことだ。なるほど、僕が沿線に住んでいたら、大船で飲んだり食べて帰宅する機会が多いだろう。それが町中華だとしたら、我家のキッチンの延長みたいな心安らぐ店がいい。
さて、どの店へ行くか。良さげな店が多くて絞りきれずにいたところへ、宮田さんから情報がもたらされた。
「湘南モノレールの人たちがよく行く店があるそうです」