大船を訪れるのは人生2度目だ。10年ほど前、原作を担当したコミックの漫画家が住んでいたので仕事場を訊ねたのだが、これといった印象は残っていない。仕事場があったのは山側だったから、駅前を歩いた記憶もない。何が言いたいかというと僕は人生初、「大船に行くぞ」と思ってやってきたということだ。初心者の澄んだココロで、しかし眼光はスルドク光らせながら大船はどんな街かを考えてみたいと思っている。
そうは言うものの僕の目には偏光レンズがついている。僕はどこの町にもある中華屋が気になってしょうがない男なのだ。中華街にあるような本格料理の店ではなくて、定食やセットメニューがあったり、中華を名乗りながら平気でオムライスやカツ丼があるような店があるでしょう。あれが町中華。気になるだけではなく、戦後に誕生して急速に普及した日本独自の食文化を記録しておきたくて、『町中華探検隊』というグループを作って活動もしている。本まで書き、それで気が済むかと思ったらますます興味が尽きない。内臓脂肪が心配だ。
でもそんなこと言ってはいられない。気づいてない人が多いけど、町中華は高齢化の波にさらされている。出会いは一期一会だ。探検隊では町中華目線で街を歩く活動を"アタック"と呼んでいる。僕は今日、大船アタックのためにここへやってきた。一人では胃袋が心もとないから助っ人も呼んでいる。グルメに関心の薄い宮田編集長だが一向に構わない。欲しいのはラードたっぷり、塩分多めの濃厚メニューに打ち勝つ丈夫な胃袋なのである。宮田さんは早食いでもあるらしく、長居は無用の町中華向きだと言える。
我々は改札前で集合するとすぐに表に飛び出した。違う。のろのろと歩き始めた。なぜか。まだ10時だからだ。店、開いてないのだ。でもいきなり驚いた。なんだこの歩きやすさと下町感は。鎌倉市と聞いて、僕は大船に対して北鎌倉の延長というか、ちょっと気取った町という印象を抱いていたのだ。
事前に調べたところ、大船には中華料理店がたくさんあることがわかっていたのだが、商店街に一歩足を踏み入れればそれも納得である。空きビルやその周辺には全国チェーンの店もあるが、街の心臓部である商店街に入ると空気が変わり、地元の風にそよそよと頬を撫でられる。この生活感、街の人が商店街を愛用している証拠だ。
身が引き締まる思いだった。地元感が色濃く残るところには佇まいのいい町中華がつきもの。僕の町中華アンテナは早くも3本立っている。
モノレールに乗ってから、のんびり散策しようと考えていたけれど、そんな余裕はない。一巡りして大船にカラダをなじませなければならない。ならないってことはないけどそうしたい。いざ、アタック開始だ。