「江ノ島に渡らない湘南江の島カフェ散歩」というのが今回、Mさんからいただいたテーマ。湘南モノレールの湘南江の島駅を起点にしながら、「あえて江ノ島への橋は渡らずに湘南カフェ散歩を楽しんでください」と。
目先の変わった散歩は大好きだ。観光ルートを外れて我が道を行くと、角を曲がったとたんに大きなシャボン玉が美しいクラゲのように漂ってきたりするから(これは私の蔵前での実体験)。
実際のところ、江ノ島に行かない4月のカフェ散歩は、虹色に光るシャボン玉(しかも割れない)のように素敵なカフェにたくさん出会えるコースだったのだ。
「LAWDY BLUE」
でマフィンとコーヒーの朝食
平日の朝9時50分、湘南江の島駅に降り立って帽子をかぶり直す。商店街の続く「すばな通り」ではなく、境川沿いの道をめざした。
陽射しを反射する川面。境川は北から南へ、つまり江の島に向かって流れて相模湾に注ぐ二級河川だ。少し歩くとすぐに江の島の姿が見えてくる。軽快にジョギングする女性とすれ違う。大型犬とおじさんものんびり散歩中。海辺で暮らす人々のライフスタイルを想像してみる。
最初の目的地は川沿いの一軒家、有名ダイナー「DIEGO BY THE RIVER」。店舗プロデュース・山本宇一&デザイン・形見一郎という、カフェ通いの歴史が長い人ならはっとするコンビが手がけた人気店である。
だが今回、朝食をいただくのはDIEGOではなく、その1階に作られた「LAWDY BLUE」のほう。平日は2階よりも1時間早くオープンするのだ。
10時きっかりに扉を開けると、魅惑のアメリカンベイクの数々が焼き上がったところだった。北海道産小麦粉で作る5、6種類のマフィン、クッキー、それにケーキ。朝食を抜いてきた甲斐がありました!
注文したのは季節限定の神奈川県産オレンジ、湘南ゴールドを使ったマフィン(400円)とドリップコーヒー(400円)。そして我慢できずにベリーのタルト(600円)も。豆は全国のコーヒー好きに知られる地元の名店「27 COFFEE ROASTERS(http://27coffee.jp/)」から仕入れている。
湘南ゴールドが鮮やかに香るマフィン。まぶたの裏がオレンジ色に染まる、初夏の朝の幸福。
「LAWDY BREWのコンセプトは<日常生活に彩りを加えるカフェ>です」と、スタッフの伊藤太成さんが教えてくれた。
「本格的なコーヒーが飲めるお店の中で一番海に近い、というのも特長のひとつですが、インテリアはいかにも海岸のカフェというよりは、落ちつける居心地のいい空間。2階のDIEGOに比べて地元の方々のご利用が多いですね。ホームメイドのお菓子とコーヒーで小休止したくなったらぜひお立ち寄りください」
LAWDY BREW(ローディー ブリュー)
神奈川県藤沢市片瀬海岸1-13-8
TEL 0466-65-0209
10:00〜26:00 定休日:火曜日
http://lawdybrew.com
古民家「喫茶ラムピリカ」には驚きがいっぱい
川沿いの道を戻って北へ歩くと、10分もしないうちに静かな住宅街にある二軒長屋「喫茶ラムピリカ」に到着する。小さな濡れ縁のついた、築70年近いという昭和の住まいだ。陽当りのいい玄関で靴を脱ぎ、本棚に並ぶ背表紙を眺めながら畳の間に上がった。
そこには、懐かしい家庭の気配があった。生活感という意味ではなく、親が地に足をつけて暮らし、子どもがいきいきと育っているという気配。その理由は店主の義廣千秋さんとの会話で明らかになる。
家庭の気配。
不定期営業の喫茶店というスタイル。
健康と環境に配慮した食材を使っておいしいものを作ること。
この場で開かれるユニークなイベント。
すべては千秋さんの「シングルマザーとして二人の子どもを育てながら働き、楽しく暮らしていくには?」という問いから生まれたものだった。
それをお伝えする前に、いただいたものをご報告。「有機全粒粉のふわしゅわパンケーキ・オリジナル」(1800円)と「熟成オールドビーンズ珈琲」(500円)。パンケーキにナイフを入れて断面を見たとき、珈琲をひとくち飲んだとき、それぞれに小さな驚きがあった。
熱々のスキレットに入った、香ばしい全粒粉のパンケーキ生地。その中から顔をのぞかせたのは、とろりとしたクリームチーズだった。変化のある食感。最後まで飽きさせない風味。千秋さんが試行錯誤してたどりついた、ラムピリカのオリジナルレシピだ。
そして、珈琲の豊かな甘苦さとコク。聞けばなんと上野の名店「ウエスタン北山珈琲店」の豆を使っているのだという。素晴らしいエイジング珈琲のお店なれど、ご主人は大変にこだわりの強い、頑固な職人気質。思わず「普通に卸してくれるんですね?」と訊いてしまう。
「珈琲はずっと好きでしたが、特にこだわっているわけではなかったんです」と千秋さん。
「散歩中に見つけて、何の気なしに入ったのがウエスタン北山珈琲店(https://allabout.co.jp/gm/gc/219456/)。そこで飲んだ珈琲に衝撃を受け、開業するときに相談しました」
きっとそういう「散歩の幸運」に恵まれた人なのだろう。この古い二軒長屋にたまたま出会ったのも散歩中だったという。6年前、千秋さんはこの家で喫茶店を営みながら暮らすために二軒まとめて借り、子ども二人を連れて引っ越してきたのだった。
「以前は都内に勤めながら一人で子育てをしていましたが、保育園の送り迎えも大変。体力的に限界を感じて、ひとつの場所で仕事も育児も家事もできて、楽しく暮らすにはどうすればいいかを考えていたのです。そのアンサーが喫茶店でした」
喫茶店は自分の好きなものに日常的に触れられる空間、と千秋さんは言う。また、人が集まる場所で子育てをしたいというのも大きなテーマだ。子どもたちには自分以外の大人にもたくさん触れてほしい。千秋さんはそう考えていた。
崩れた土壁を補修したりしながら古い家を居心地よく整え、2015年に喫茶店ラムピリカをオープン。ラムピリカとはアイヌ語で、ラムが「心」や「精神」を、ピリカが「美しい」を意味する。
千秋さんが二人のお子さんを出産したのは北海道で暮らしていた時期。旭川の住まいの近くにはアイヌの資料館もあり、彼らの世界観に惹かれていったという。
「アイヌの人々には、自然を崇拝しながら地球上で人間が人間らしく生きるための知恵やユーモアがあると思うのです。元から惹かれていたネイティブアメリカンの文化にも通じる魅力を感じました」
12歳から19歳までタイで暮らした千秋さんは、さまざまな異文化に触れながら、心豊かに暮らすとはどういうことなのかを常に意識してきた。そういうベースから閃いたアイディアのひとつが「お父さんバンク(https://otosan-bank.com/)」である。
千秋さんはラムピリカの周囲の大人たちに子育ての悩みを相談することがあった。たとえば健康について、親子ゲンカについて、進路について。人によって得意なジャンルが異なるので、相談する相手はそれぞれ違う。
「自分が得意なことで頼られると、頼られた側も嬉しそうなんですよね。これを仕組みにしたいと考えました。たとえば、退職して時間に余裕のある子ども好きの方々と、余裕のない子育て世帯をマッチングすれば、双方に喜ばれます。かつて日本には村全体で子どもたちを見守っていた時代がありました。そんな人間関係ができればと思ったんです」
この素敵な仕組みはメディアにも取り上げられて全国的に注目され、自分の地域でもやりたいという人が次々に現れているそうだ。
そういうわけで、純然たる喫茶店として営業する日は少ないのだけれど、ゆったりしたいい時間が過ごせるのでFacebook(https://www.facebook.com/lampilica/)で営業日を確認して訪れてみてください。
「忙しい日常を過ごしている人が多いと思いますが、ここに来ると時間の流れが変わったり、ものの見えかたが変わったりする――そんな体験ができることをコンセプトにしておりますので、よかったら遊びにいらしてください」
喫茶ラムピリカ
神奈川県藤沢市片瀬3-1-26
TEL 050-1065-1048
不定期営業
https://www.lampilica.com/