さっそく注文だ。真夏はもとより、少し寒くなるくらいのころからの最初のビールは格別にうまい。
空気が乾燥してくるためのことか思うけれど、なにしろ、うまい。
まあ、それはともかく、何をつまみとするか。ここだけで終わろうとは思っていないし、一人だとあまり頼めないから、ここは迷いどころだが、まずは旬だな、と心を決めて、タチウオにする。刺身と炙りがあるというので、ビールの後の日本酒と合わせるときの楽しみも思い浮かべて炙りにしてもらう。
それから、塩煎りの銀杏。私の好物でして、秋から冬にかけての酒場で、あれば頼まぬことはない、くらいのものです。
そこでご店主がすすめてくださったのが、シラスです。シラスに刻みショウガと小葱を乗せただけの小鉢ですが、見るからに新鮮。あまりかき混ぜずに、するりと食べてみてくれというので、醤油もかけずにやってみると、なんともいえない味で、トロトロの食感も抜群。
これまで食べてきたシラスが色あせる。ご主人いわく、秋がいいですよ。今日のシラスなんかも、洗った瞬間に手触りが違いますからね。
なるほど、そういうものなのか。これは、最初のビールをグラスビールにしておいて正解だったぞ。
さっそく日本酒に突入します。
なんでもご主人は魚釣りもたいへんお得意だそうで、ご自分で船を出して釣りに行くというほどの腕前。実は店内には、すばらしいはく製が飾ってあるのです。魚拓じゃない。はく製というあたりがすごい。
魚種はアマダイ。それは顔つきを見て私などでもわかる。アマダイはたいへんうまい魚ですが、「あれ? なんかこれは違うな」と思うのは、私が知っているのは赤いアマダイのほうだから。飾ってあるのはシロアマダイなのだ。通称シラカワ。さらに高級魚で、日ごろ飲み屋などではお目にかかれない。それをご主人はある日2本釣り、1本は食べ、1本をはく製にし、その通称をこの店を開業するときに店名にまでした。
ちょっといい話。しかも釣ったときの竿も飾ってある。ライトタックルというかね。ずいぶん、威張ったところのない竿でして、これでわずか4号のハリスで釣り上げたというのだから、そのときの興奮たるや、と、あまり釣りには詳しくない私などでもウキウキしてくる。飲み屋においては、こういう話もまた、絶妙な酒肴になる。
そこへタチウオがきた。皮と身の際のところに炙った香ばしさがしみこむようで、ここがいちばんの脂ののるところでもあり、ま、なんともいえない塩梅になる。酒は静岡の名酒「開運」ひやおろし。うまいのだ、これがまた。
少し多めの塩にこすりつけながら次々に口へ放り込む銀杏がまた私の酒を進ませ、たちまちお代わり。今度は秋田の「飛良泉」にして、タチウオとの相性を楽しむ。シアワセだなあと茅ヶ崎出身の若大将ふうに思うわけですが、さらなるシアワセは締めの茶漬けがもたらした。カツオの塩漬けをご飯に乗せてほぐし、茶漬けにしたもの。その名もズバ茶漬け。
はあ、うまい! カツオのうまみと絶妙の塩加減。なんでも漁師料理ということなのですが、こういうシンプルなものに、外れはありませんな。相模湾、侮るべからず。それが1軒目終了時の感想なのでした。