夜の湘南モノレール沿線は、こちらの意表を突いてくる景色の連続だ。
たとえば、大船駅。そこには言わずと知れた大船観音像が鎮座しているわけだが、夜に眺めるそれは、昼間とはまったく違う印象をたたえている。
闇の中でうっすらと目を閉じている大船観音像。ライトアップされていないことで逆に「そっとしておいてください」という主張が感じられる。
それは完全に「就寝中」といった佇まいで、いまにも寝息が聞こえてきそうな生々しさがある。朝が来たら目を覚まし、のっそりと動き出すのではないか。
夜の大船駅から隣の富士見町駅へ、レールを辿るようにして歩くのも楽しい。
繁華街である大船駅周辺は夜であってもにぎやかな明りに包まれているため、湘南モノレールも違和感なくその景色へと溶け込んでいる。
でも、富士見町駅方面へちょっと足を進めれば、そこはひっそりとした住宅地。すると頭上にうねうねと伸びるレールが、突然に異次元なものとして現れる。この思いも寄らない変化が面白い。
湘南モノレールの奇妙な存在感は、夜の静かな街で眺めるからこそ際立つのだ。
さて、私は散歩の結びに湘南江の島駅を巡ることにした。
この辺りの「夜の名物」といえば、やはり江の島展望灯台(通称:シーキャンドル)であろう。冬季の間、この展望灯台にはイルミネーションが施され、大勢の人が江の島へと押しかける。
しかし、私は夜の湘南モノレールにもっと意表を突かれたいのである。展望灯台のイルミネーションは、観光名所すぎてちょっと裏切りが足りない。もっと「こんなものが見られるなんて!」と驚ける景色はないものか。
すると、湘南江の島駅の改札を出てすぐのところに、目をひくゾーンを発見した。屋上デッキである。
湘南江の島駅は、空飛ぶモノレール車両を迎え入れるため五階建てのビルになっており、改札ホームはその最上階にある。駅ビルが先日リニューアルされた際に、この屋上デッキが設置されたのだ。
デッキからは、湘南江の島駅周辺の景色が一望できる。聞くところによると、晴れ渡った日には富士山を眼前にすることも可能だという。
モノレールの改札を出てすぐの、富士山!
これは実に意表を突いてくれる景色ではないか。よし、決めた。最後に、このデッキから夜明けの富士山を鑑賞しよう。
早朝の富士山を見るためには、当たり前だがこの辺りで夜を明かさなければならない。というわけで、湘南深沢駅から歩いて5分の、『鎌倉ゲストハウス』に宿をとった。
古民家を改装したこちらのゲストハウスは、夜の湘南モノレールを満喫する際の強い味方だ。大広間では夜になると囲炉裏に火が入り、旅行者たちが思い思いの時間を過ごしている。寝室はドミトリータイプで、畳の上に敷かれた柔らかい布団が嬉しい。
夜通し歩いて疲れ切った私は、すぐさま就寝した。
しかし、すぐに日の出の時刻が迫ってくる。起床し、まだ夜が明けぬうちに始発の湘南モノレールへと乗り込んだ。
湘南江の島駅の屋上デッキに到着すると、徐々に空が白み始め、薄い朝の気配がやってくる。
さあ、いよいよ夜間散歩もフィナーレだ。朝焼けに染まる壮大な景色を拝もうではないか。いでよ、 富士山!
ああ。
なんということだろう。
この日の朝は、霧がかった雲のせいで、富士山の姿を鑑賞することは叶わなかったのである。なんという己の運のなさ。
あとで湘南モノレールさんから、晴れた日のデッキから望む富士山の写真をお借りした。天気さえよければ、こんな感じで立派な景色が見られるそうである。
(撮影:飯野日月)
うーん、残念だ。
残念だけど、でも不思議と満足だ。
昼間とは違う駅舎の表情が知れたり、レールの奇妙な感触を味わえたり、見られると思った富士山が見られなかったり。夜の湘南モノレールは、やはり常にこちらの意表を突いてくれるのである。
こうして私は夜間散歩を終了し、モノレールで家路へと着いた。車窓の先の大船観音像は、まだちょっと眠そうにしながら朝を迎えていた。
※ちなみに湘南モノレールでは、湘南江の島駅の屋上デッキからの「景色の生配信」を行っているそうである。こちらのアドレスからアクセスすれば、デッキからの現在の眺めを確認することができる。運がよければ、富士山を見ることもできるかも。