湘南モノレールの文字を巡る「もじ鉄」の旅、最終回。大船から出発し、途中下車をしながら終点の湘南江の島駅にやってきました。
2018年12月にリニューアルしたばかりの新しい駅舎は、ブラウンをベースとした落ち着いた外観で、江の島が一望できるルーフテラスも完備。こんな場所ができたとは。フラペチーノを片手にゆっくり本でも読みたくなるというものだ。そうそう、仲間を呼んで集まるのもいいかもしれない。
三菱アウトランダーPHEVなら、家庭用の電化製品も使える100V AC電源も装備しているので、仲間とともにコーヒーメーカーを持参して......いや、展望デッキに車は入れない。海沿いを走る国道134号線はいつも混雑しているので、渋滞知らずの湘南モノレールに乗って江の島へ行こう。唐突な三菱自動車の宣伝も決して「企業案件」などではなく、三菱重工業と縁の深い湘南モノレールだからこその、著者からのいらないリップサービスだ。とか書いていたら「別にあなたの日常コラムを読みにきたのではない」と妻に怒られてしまったので、前置きはさておき湘南江の島駅の「もじ鉄」案件をチェックしてゆこう。
こちらは2018年11月まで設置されていた、以前の駅名標。連載第1回の記事でもご紹介した大船駅のものと同じタイプで、和文に「新ゴ」、欧文に「Helvetica」という書体を使用している。
そしてこちらが12月の駅舎リニューアルに合わせてお目見えした、新しい駅名標。なんと絵柄違いで4種類!
1駅でデザインが異なる駅名標が数種類混在している例は、ごく稀に見かけることもあるが、湘南江の島駅は「単なる混在」というよりも「計算された混在」。基本的なデザインのフォーマットは統一しつつも、背景のかわいいイラストがそれぞれに異なっており、見るものをワクワクさせる。駅に降り立ったその瞬間から、駅名標を通して江の島の空気を味わうことができるだろう。
書体は和文が「新丸ゴ」、欧文が「DIN Rounded」。「新丸ゴ」は以前の駅名標でも使われていた「新ゴ」の丸ゴシックバージョン。千葉の銚子電鉄や三重の伊賀鉄道などの駅名標でも採用されている。
モダンでカッチリとした「新ゴ」をベースに丸みを帯びた形状が、背景のイラストと同様に親しみやすさを与え、案内サインの要素として最も重要と言える「読みやすさ」も兼ね備えた新しい駅名標は、デザイン性と機能性が両立!
しかし、イラストの上に文字......一見、お互いの主張によって読みにくくなってしまいそうなものだが、なぜ駅名標として成立しているのか。新しいサイン計画を担当された氏デザインの前田豊さんにお話を伺ってみた。
「背景はイラストレーターの久村香織さんにお願いしたのですが、上に駅名などの文字情報も入れるので、できるだけ余白を持って単純化された美しいイラストに仕上げていただきました。実はこのイラスト、すべて手描きなんですよ」
まさかの手描き!
たしかにパソコンでは再現しきれない「優しさ」と「味」を感じるイラストだが、一体どういうソフトを使っているのかと......まずそこを考えてしまった筆者はデジタルに毒されている。高級リゾート「星のや」の名物プラン「脱デジタル滞在」をしなくては。お金ないけど。
「よく見ると分かるのですが、手描き特有の紙の肌やムラ、エッジのボケなどをそのまま活かしているんです」
消すのではなく残す。
「データ」ではない価値。
今この時代だからこそ、より生きてくるものだ。
そして文字ヲタクとしては気になるのが欧文で使われている「DIN Rounded」という書体。実は鉄道における標準サインシステムとして使われている例は、全国を調べた中でも湘南モノレールのみ......たぶん。
全国全駅をひとつひとつ確認したわけではないが、全国の駅名標を集めた本「もじ鉄 書体で読み解く日本全国全鉄道の駅名標」(三才ブックス)の取材時(2017年)に調査した駅・路線では少なくとも見ることはできなかった。
ドイツの工業規格書体「DIN」に丸みを持たせた形状で、スッキリと洗練された佇まいが美しい。ちなみに丸みを帯びていない「DIN」自体は京成電鉄や新京成電鉄の駅名標で採用されている。
「DIN Rounded」もそうだが、やはり「DIN」系の書体は文字の整い方が気持ちいい。ドイツの道路標識などでも見ることができ、読みやすさもお墨付きだ。筆者もグラフィックデザイナーの端くれであるが、福島の私鉄、福島交通飯坂線の駅名標デザインを制作させていただいた際、欧文表記に「DIN」を採用した。書体のチョイスによって、デザイン全体や機能そのものにも様々な影響が出てくるものだから、ここは慎重に選ばざるを得ない。書体の「形」だけでなく「歴史」や「採用事例」も頭に入れておくと、より完成度が高まるはずだ。いや、わかんないっす......。
ちなみに「新丸ゴ」と「DIN Rounded」を採用した理由も伺ってみた。
「湘南モノレールに乗られた方、特に通勤通学などの慌ただしい時間にも、少しだけほっこりとした気分になっていただけるような......サイン自体も優しさや女性的な雰囲気のイラストをベースにしているので、このような丸ゴシックの書体を採用しました」
より専門的な話になるが、「新丸ゴ」も「DIN Rounded」も細い文字から太めの文字まで、「ファミリー」と呼ばれるさまざまな種類が揃っている。つまり、案内サインとしての使い勝手の良さも、採用理由のひとつだそうだ。
なお、同様のデザインは駅名標だけでなく湘南江の島駅のあらゆる箇所で展開されている。
こんな素敵なサインが日常的に見れる沿線の方が羨ましい。
江の島への移動手段として湘南モノレールを利用するのはもちろんのこと、サインを通して移動中も楽しめる仕掛け。まるでテーマパークのようだ!
さて、沿線の「もじ鉄」旅はここで終点だが、駅舎やポスターなどで見かける「湘南モノレールのロゴタイプ」も、なかなかにもじ鉄心を刺激させる。少し長くなってしまうが、せっかくなのでロゴをデザインされたSuperelementの中野健太さんにもお話を伺おう。
「その黄色い力士のシャツはどこで売っているんですか」
じゃない。
「湘南モノレールのロゴ(CI)が最近新しくなったのですが、これまでのイメージからガラッと変えるのではなく、元のロゴで使われていた文字の形がベースとなっており、個人的には萌え案件でして......(笑)、なぜまったく新しいデザインにするのではなく、このような形になったのでしょうか」
一番上がこれまでのロゴタイプで、下が新しいロゴタイプ。
中野さん曰く「長らく沿線の方々に愛されてきたものですから、これまでの良さを活かしつつ、それを資産としてリ・デザインしました」とのこと。
せっかくデザインするならばイチからオリジナルのものを作り上げたい......なんて、つい思ってしまうことがあるかもしれないが、「デザイン」は「アート」ではない。あくまでも問題解決の手段として、相手の立場に立って一緒に作り上げてゆくものだ。いや、わかんないっす......。
横線が細く、縦線が太い......かつてのナショナルのロゴではないが、少し昭和な雰囲気を感じる文字の形を踏襲しつつも、全体におけるバランスのネガティブな要素を排除し、より現代的に洗練されたロゴタイプとなった。
一言いいですか?
自分、このロゴタイプ大好きなんです!
こういう文字っていいですよね。ね?
「変えすぎず、変える良さ」とでも言えようか。どこかハンドメイドな雰囲気も地域との繋がりを感じる。ハンドメイドと言えば先ほどの湘南江の島駅のサインもそうであったが、やはり今、デザインはこの流れがキテる! 湘南モノレールはその潮流の先駆けを行っているのかもしれません。
そんな新しいロゴタイプも中野さんによると、ひとつひとつの角度を見直したり、線幅が均等に見えるように調整をしたり......さらには文字の各要素が集結し、黒く潰れて見えてしまいそうな箇所には切れ込みを入れて可読性を向上させるなど、裏には細かなこだわりが。
もう愛情ですよね、愛情。
小柳ゆきですね。
前田さん、中野さん、今回は貴重なお話をありがとうございました!
湘南モノレールの文字を巡る「もじ鉄」の旅はいかがだったでしょうか。ぜひみなさんも車窓から見える文字を楽しんでみてください。きっと「移動」が楽しくなるはずです。
最後に......湘南江の島駅の駅名標をはじめとする各種サインや、新しいロゴタイプについては、2019年1月発売予定のもじ鉄本新刊「もじもじもじ鉄 鉄道の書体とデザインほぼぜんぶ」(三才ブックス)にも掲載予定です。もしご興味があったら、発売後に本屋さんでチラ見してみてくださいね。そして「おっ」と思うものがあれば、レジに持って行っていただけると嬉しいです。
それではまたどこかでお会いしましょう。チャンネル登録はこちら、スマホの方はこちらから、詳細は概要欄を......自分YouTuberちゃうわ。