「大船観音は知ってるけど、いつも遠くから眺めるだけ」という話をよく聞きます。そういう方にはぜひ参道を上り、お寺まで行っていただきたい。なぜならば行ってみなければ感じられないことがあるからです。
例えば大きさをとってもそう。人は経験したことのないことを、なかなか想像することができません。大船観音は鎌倉大仏より12 メートルも大きく、それはたいていの人が(大仏として)経験したことのない大きさ。ですから多くの人にとって、大船観音の大きさは、想像する大きさを上回ってくるのです。その圧倒的な迫力に触れるだけでも行く価値があると思います。
前回ご紹介した大船駅西口スカイデッキを渡りエレベータを降りて小道に入ると、大船観音寺の入口があります。そこから坂道を数分上れば山門が見えてきます。
ですが観音さまはまだ見えません。山門をくぐり右手に進むと街を一望できる展望スペースがあり、つい眺めに気をとられてしまうのですが、振り返ると不意打ちのように石段の先に観音さまが現れ、一瞬思考が停止します。
振り返って観音さまが視界に入ったこの瞬間が、私が求める劇的瞬間です。
石段を上っているから鼓動が高鳴るのか、観音さまと目線が合いつづけることにドキドキしてしまうのか。とにかくなんだか平常心ではない感じで石段を上って行くと、見えなかった観音さまの全貌がやっと見えます。
それがなんと胸から上だけ!
初めて見る人はここで2度目の衝撃をうけます。どこかリアリティのある美しい笑顔で迫って来る25 メートルもの真っ白な胸像。ここまで上ってやっと会えたという高揚感もあり、経験したことのない迫力に圧倒されるのは間違いありません。
地元の人々の間では「大船観音の下半身は山中に埋まっている」という都市伝説的な噂もあるのですが、その真偽を確かめるためにも観音さまの体の中、胎内に入ってみましょう。大船観音は背後にまわると中に入る入口があるのです。
胎内はとても静かで、ただようのは厳粛なムード。天井には観音さまのつくりが垣間みられる剥き出しのコンクリートが広がっていて、外側の柔和な表情とのギャップに意外な印象をうけます。
奥にある大船観音の原型となった像に合掌し、他の展示物をじっくり観賞しましょう。一番興味深いのは千体仏エリアに展示された歴史パネルです。
昭和2年に巨大仏の先駆けとして計画され、昭和9年に輪郭まで完成したにもかかわらず、戦争により23 年間放置されたという、大河ドラマ級の時代に翻弄された歴史を知れば、いっそう大船観音を楽しむことができます。
「下半身が埋まっている」という噂の真偽はと言えば、胎内を見る限り階下はなく、単なる噂だと確認できます。でも私個人としては、有事の際に重い下半身を山からズズズと出し降りてきて、人々を守ってくださる観音さまの姿を妄想してみたりして...。そんな愚かな私に妄想の余地を多く残してくれるのも、胸像ゆえのことでしょう。
(ラストは知られざる夜の顔)