さて、今回車窓から追い求めたいのは、ちょっと異色の物体である。
なぜ異色なのか。まず、その物体は湘南モノレールの走行中、わずか五秒ほどしか姿が確認できないのだ。『大船駅』からの車両が一度目のトンネルを抜けてすぐ、右斜めの方向にそれは突然現れる。しかし「あ!いまのは何?!」と思うやいなや、相手はすぐに風景から身を隠してしまうのである。
しかも。いままで車窓から追ってきた山や仏舎利塔と違って、今回の相手は佇まいから「何者なのか」を察することが全然できない。ビジュアルそのものに、強い正体不明感があるのだ。
その謎の未確認物体が、これである。
おわかりいただけただろうか。いや、ちょっとわかりづらいですよね。車窓の先に瞬間的にしか現れてくれないので、写真を撮るのも一苦労なのである。
この写真を拡大すると、こうだ。
いや、実に異様というか、歪みのある光景である。
住宅地が密集する丘、その頂上にUFOのような形状の物体が佇んでいるのである。
つい、映画「インデペンデンス・デイ」における、都市の上空に巨大な宇宙船が出現するシーンを想像してしまう。なんだろう、あそこだけ予算がハリウッド資本に基づいている風景というか。そのくらい、やけにおおげさな眺めなのだ。
そして忘れてはいけないのが、これがアメリカではなく、湘南エリアであるという点である。
「湘南」×「宇宙戦争」。
これはちょっと、どうかと思うほどにミスマッチだ。そう、この景色はサザンも絶対に歌にはしないであろう違和感に溢れているのである。
うーん、あの物体は、一体何者なのか。
よし、さっそく未知との遭遇を果たしてみようではないか。
まず私を悩ませたのは、「どこの駅で降りたらいいのかわからない」という問題である。
なにせ、今回の相手は車窓の遠くに一瞬しか現れない。どの辺りに実在しているか、見当がさっぱりつかないのである。とりあえず「丘」と「住宅地」というヒントから、坂の多い住宅地が周辺に広がっている『西鎌倉駅』へ降りてみることにした。
駅前を歩くと、ゆるやかに上へと続く坂道が現れる。あの謎物体の位置を指し示すようなものはどこにもない。間違えたかな......と思いつつ、勘だけを頼りに、坂を上っていく。
坂はどこまでも、スーッと伸びている。この辺り一帯は閑静な住宅街で、いかにも平均的な「日常」の景色が広がっている。ずんずんと進んでいくが、目標の物体はまだ姿を現してくれない。やっぱり自分は見当違いの方角を歩いているのだろうか、と若干不安になってくる。
ところが。
やっと坂道がなだらかになり、交差点を渡ろうとしたその時、左手を見ると。
おお。ついに謎の物体が「にゅっ」とその顔を覗かせてきた。
交差点から、じっくりとその風景を味わってみる。
周りには街路樹や住宅が織りなす日常的な景色が広がっている。そして謎物体の非日常的な存在は、そこに全然溶け込めてない。異世界の文明が無理やり人間の世界へと入り込んできた感じ。そのすさまじい異物感に、かなりグッとくる。
もっと肉薄してみようではないか。
住宅地の最深部に入り、謎物体が近づいてくる。ここからだと、近未来的な要塞のようにも見える。この巨大な物体、眺める距離や角度によって少しずつ印象が変わってくるのが面白い。
そして、ようやく足もとまで接近する。
周辺を探ってみる。すると、事務的な感じで掲げられている看板が、この謎物体の正式名称を明かしていた。
「配水池・加圧ポンプ所」。
そう、これはつまり、水を湛えたタンク。給水システムに圧力を与えるための施設だ。丘の頂上に設営されているところがポイントで、その立地条件を利用して、タンクはこの辺り一帯の家庭に水を供給しているのである。
まあでも、言っちゃなんだがタンクの役割とか用途については、この際どうでもよい。
それよりも味わい深いのは、接近したことで明らかになった、タンクの全身像である。
遠くから眺めている時はわからなかったが、ドーム型のタンクはコンクリートブロックの台に乗っている。
で、このコンクリートブロック、いい感じに傷んでいて、そして隙間からは草や木が生えている。だから近くで眺めると、このタンクはインカ帝国のピラミッドのようで、エキゾチックな味わいがあるのだ。この日は真夏日であったのだが、抜けるような青空と騒ぐ蝉の声があいまって、ここだけ「プチ中南米」である。
当たり前だが、タンクの中に入ることはできない。「立ち入り禁止!」という文言と共に、フェンスが周囲に張り巡らされている。このものものしい厳重警戒っぷりがまた、タンクの秘密めいた存在性を際立たせていて、よい。
このタンクの中では、我々の知らない「システム」が極秘で稼働しているのだ。そんなことを想うと、ますます超古代文明感が漂う。いや、なにもそこまで大げさなものを感じなくてもいいのだが、しかしこの給水タンク、必要以上に特異なオーラを纏っている。
地域の日常を維持するための施設が、うっかり非日常な佇まい。
謎のタンクは、どこまでも強引に、西鎌倉住宅街の中でその異質さを放っていたのである。
帰りは『片瀬山駅』から湘南モノレールに乗車した。散歩終わりに判明したのだが、実はこのタンクは『西鎌倉駅』よりも『片瀬山駅』が最寄りだったのである。
「あ、ここに出るんだ!」
軽い迷子になった時ならではの、地理に意表を突かれる楽しさまで味わえて、私はとても満足である。
了