江の島への近道 湘南モノレール株式会社

2章 大地にそびえるキリマンジャロ

まず私が気になった湘南モノレールの車窓の先の景色は、これである。

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『湘南深沢駅』付近。商店や住宅が並ぶエリアに、突如として広大な大地が広がる。私はこの景色が目によぎるたびに、「急にアフリカだな!」という感想を抱いていた。通称「サバンナ」と呼ばれる青々とした大地。その先にある小高い山も、どことなくキリマンジャロ。

私が気になるのは、あのキリマンジャロだ。

路線からの絶妙な遠さがその正体不明さを際立たせ、こちらの気を誘ってくる。「さて、私は誰でしょうか?」という挑戦的な態度が見え隠れする距離感だ。

あと、唐突さもいい。平地にぽこんと、たったひとりで現れてしまった山。「あ、ヤバい。隆起する場所、間違えた」といった佇まいは、なかなかに味わい深い。

あのキリマンジャロ、登れるのだろうか?登れたとして、そこには何があるのだろうか?

私は『湘南深沢駅』を降り、一路、キリマンジャロを目指して歩いてみることにした。

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キリマンジャロまでは、ずっと果てしない一本道が続く。その道を挟んで、左側はごく普通の住宅地。右側は緑の濃いサバンナ。片方からはピアノの音色が聴こえて、反対側からは虫の大合唱が鳴り響く。文明社会と野性世界が一本の道を挟んで露骨にくっきり分かれている。

その一本道をずんずん歩いていくと、やがてサバンナを越えてしまう。キリマンジャロはまだかなた先である。車窓から眺めていた時は、サバンナの一番果てにキリマンジャロがあるものと思っていたのだが、そうではなかったのか。

サバンナを越して、国道を越えて、そして大きな川を越えて。『湘南深沢駅』から歩いて、およそ30分。ようやくキリマンジャロの麓へと辿りつく。

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麓には、小さな公園が朽ちている。草、ぼうぼう。あとちょっとで植物たちに飲み込まれてしまいそうな姿である。

この辺りにも住宅地は広がっている。でも、そこには全体的にどことなく野性の圧が覆っている。麓ならではの、独特なトーン。ゆっくりゆっくり、人間の気配が消え失せていっている最中のような。一抹の寂寥感が流れる。

麓から見るキリマンジャロは、思っていたよりも高くない。標高にして30mに満たないのではないだろうか。ちょっとしたハイキングにはぴったりに思えるが、展望台のようなものが設置されている気配はない。麓に辿りついてもなお「さて、入山できるでしょうか?それとも、入山できないでしょうか?」という挑戦的な態度を崩さないキリマンジャロ。まだまだ正体を明かさないところが、なんともワクワクさせてくれるではないか。

キリマンジャロに近づき、どこかに山道はないかと探す。すると、住宅エリアの奥に、こんな坂道が現れた。

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いまにも山に浸食されそうなアパートの脇で、坂道は上へと伸びている。この坂道はキリマンジャロにつながっているのだろうか?少しドキドキしながら、奥へと進む。

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あった。山道入口だ。よかった、どうやらキリマンジャロは入山可能らしい。

しかし、この山道入口のそっけない感じは、どうしたものだろう。「どうしても入りたい人だけ、どうぞ」といった、うっすらとこちらを拒んでいる雰囲気。ウェルカムな感じは皆無である。おそるおそる、足を踏み入れる。

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すぐに地面がアスファルトから土へと変わる。木々たちがひしめきあい、辺りは昼間だというのに薄暗い。「キタゾ、キタゾ、ニンゲンダ」といった感じで、鳥たちが鳴きわめいている。異界に突入した、といった感じが高まる。

キリマンジャロの内部には、いまにも消えてしまいそうな、心細い道が続く。

207.JPG208.JPG

......ここって、道だよね?)

少しだけ半信半疑になりつつ、歩を進めていく。

すると、目の前にこんな看板が現れた。 

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「鎌倉古道」。

そう、キリマンジャロを走るこの道は、平安~鎌倉時代に各地方と主要都市を結んだ道であったのだ。いま自分が歩いているこの幽かな道は、かつては多くの人通りがあった。

そう考えると、なんだか奇妙な気分に襲われる。

その先にあった石碑では、このキリマンジャロの本名が明らかにされていた。

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キリマンジャロの正式名称は「旗立山」。かつて源頼義がこの山の頂で白い旗を立てて軍勢を集めたことからその名が付けられた、といった旨のことが記されている。

平安時代の終わり頃、「前九年の役」という戦があった。その時に源頼義は「一緒に戦に参加する人、集まれ~!」と、この山で旗を立てて武士をリクルートしたのだ。旗の噂を聞きつけた各地の猛者たちは、古道を通じてこの山へと次々に集まってきたらしい。

その後、源頼義は戦の勝利をおさめ、源氏の誇りを高めることに成功する。

キリマンジャロは、歴史に一役買った、ハローワーク的な場所であったのだ。

じゃあ、旗が立っていたその山頂は現在どうなっているんだろう、と上を目指してみる。

すると拍子抜けするくらい簡単に、そこへと辿りつくことができる。

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もはやそこには、かつて人が集っていたような痕跡など微塵もない。白い肌の木々が林をつくっているだけだ。ここに存在していたものは、すでに消え去っている。ミステリアスなムードが辺りに漂う。

ゆるやかな風が抜けていくが、私はゾクッとした寒気を背中に走らせる。

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『湘南深沢駅』まで戻り、キリマンジャロをふり返る。西日が沈むその姿は、ますますアフリカだ。でも、キリマンジャロの正体に触れてしまったいま、その景色には複雑な色味が混ざって目にうつる。

あの山には、多くの人が行き交うかつての道が走っていて、山頂には源頼義が軍勢を鼓舞した歴史が眠っている。でも、そんな過去も少しずつ忘れられつつあるようだ。看板や石碑がかろうじてその記憶を守ってはいるが、いつかはそれも野に溶けていってしまうだろう。麓にあった、あの公園のように。

遠くに見えるキリマンジャロは、忘れ去られつつある者ならではの無念をにじませているように見えた。

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