江の島への近道 湘南モノレール株式会社

大船のメロン編(3) メロンだけではなかった――先代はモダンな実業家

 メロンの謎がやっと解けた。しかし、話はメロンだけでは終わらなかった。幻のメロンは、思いもかけない大船の過去を一緒に明らかにしてくれたのだ。

 先にも少し触れたが、明治生まれの先代はマスクメロンだけではなく、ほかにも様々な事業を手がけていた。お話をうかがっていくと先進的にして行動的な人物像が浮かんでくる。

 先代は、伊豆大島で椰子の木などの南洋植物を栽培したり、狩猟に必要な犬のブリーダーを始めたり、さらに戦後は、疎開先であった埼玉県の川越で、人々の栄養不足の改善を目的に牧場経営にもたずさわったとのことだ。あらましを聞いているだけで、気持ちいいほど行動的な実業家青年の、生き生きとした活躍が伝わってくる。

 大船農園内では、伊豆大島から持ってきた優雅な椰子の木が植えられ、シェパードを始め様々な犬種の犬が育てられていたという。

「私はたくさん飼っていた犬たちの餌やりや、ヤギの乳しぼりの係でした。可愛かったですね(笑)」と、林川さんは子供のころの記憶を語ってくださった。

犬の家パンフレット.jpg
【写真】大船農園内で営まれていた「犬ノ家」、定価表。オサラギ商事株式会社提供。
写真・画像の無断転載禁止

 上の写真は「犬の家」の定価表。いわばパンフレットである。「犬の真価を お知りになるには/優秀なる犬を お持ちになる事で 御座います」という宣伝の文言が目を引く。猟犬であるシェパードをはじめ、スコッチテリヤー、エーヤデルテリヤ(エアデールテリア)などの西洋の犬種のほか、秋田犬や甲斐犬などの日本犬も育てていた。

 日本では明治の時代に――従来のような獣害対策であるとか生業としてではなく――趣味として行われる狩猟がひろがった。西洋式の狩猟と言える。それとともに猟に適した西洋の犬種も、最初は輸入されて、それからやがて繁殖、販売も行う「ブリーダー」業者も登場するようになった。

 こちらで育成していたセッターは、猟犬の品評会で一等を取ったことがあるとのこと。マスクメロンしかり、先代は研究熱心なタイプだったのだろうか。多角的であるのみならず、それぞれの分野で品質を高めることのできる才覚に感心するばかりだ。

 林川さんは、じつは小学校3年までは、椰子の苗を栽培していた南洋植物園のあった伊豆大島の山のなかで育った。

「自生のイチゴだとかブドウがあって、よく食べていましたね。木登りが好きで、枝の上に小屋を作ったり、山のなかに張り巡らされた防空壕では山芋を掘ったりね。そんなことが毎日の遊びでした」と、当時を振り返る。

 半分自給自足のような、貧しいながらも楽しい幼年時代のひとときだったという。

 椰子の木々に囲まれた南の島で、幼い少年が山に遊び、木に登り、そこここで見つけ出した野生の果実や芋を食べる――そんな光景を思い描くと、何やら宮崎駿監督の『未来少年コナン』の一場面のようで「自然児」という単語も浮かんでくる。

 こうして間近でお話をうかがっていても、林川さんは終始、笑顔を絶やさず、悠々として楽しそうなご様子だ。もしかしてこのご気性は、あたたかな伊豆大島で自然に囲まれて過ごした幼少期が育んだものなのでは、と思わされた。

 大船農園は、そしてメロンは、その後どうなったのだろう。その行く末には第2次世界大戦が大きな影響をおよぼした。

 戦争の長期化、戦局の悪化にともない、1941(昭和16)年9月に施行された「金属類回収令」。これによって、大船農園でもハウスの構造を支える鉄管を供出しなければならなくなり、メロン農園を経営することが難しくなった。

 折しも、先代は、戦争が始まってから持病が悪化し、戦後ほどなくして亡くなられたそうだ。残されたお母様は子供たちに食べさせるのに精一杯で途方に暮れていた。そこへ、ある縁から「せっかく家があるのなら旅館をしてみたらどうだろうか」「米軍に接収される危険も避けられる」と勧められた。

 そうして始めることになったのが、当連載第1回で取り上げた「大佛旅館」なのである。

「母の脚には、動脈硬化で血管が紫色に浮き上がっていました。慣れない仕事に毎日痛い痛いとがんばって育ててくれた母の姿が忘れられません」と、林川さんは当時を思い出し、そう語った。

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・バックナンバー:創刊準備第1号(2015年)、創刊準備第2号(2016年)、創刊号(2017年)
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