10時30分 絶品ピクニックランチを求めて
目指すのはフレンチ・レストランとお総菜屋さん(デリ)が併設された「西鎌倉ニヨンマル」。そこでランチを買い、いかにも鎌倉らしい緑あふれる場所に移動して、ピクニックをしようというステキ計画である。
坂道を5分ほど登ったところで、感じのよいお店を発見。なかに入ると、お惣菜やお弁当が、燦然と光り輝いているではないか。なんというか、そこらへんにあるお弁当屋さんやお惣菜屋さんとはまったくの別格! という感じで圧倒される。
お話を聞いてみると、シェフの西尾隆文さんは、過去にジュネーブやウィーンの大使公邸のシェフを計7年間も務めていたそう。おお、どうりで!
「じゃあ、このなかには大使公邸で出されていたお料理もあるんですね!」
「一部はそうですね。でも、近所にはご年配の方も多いので、鶏そぼろ弁当なんかもあるんですよ。他には、ホームパーティ用のお料理もあります」
そう西尾夫妻が言う通り、惣菜コーナーのバラエティは無国籍。色々と目移りしながら、私はパエリヤとグリル・チキンとラタトゥイユ、I君はハンバーグ弁当、ナナオはスパゲティ・ナポリタンを選んだ。
*
「ニヨンマルさん、うちの近所にも進出してこないかなー! 来たら私は毎日通う! あの商店街のあたりはどうだろうか」
などと熱烈なラブコールを口にしながら、私たちは徒歩15分ほどの鎌倉広町緑地へ。48ヘクタールという広大な敷地を有する緑地で、HPには「カエルが鳴き、トンボが飛び交う、かつての里山風景を楽しむことができます」とあった。
ナナオは、おおかたの子どもにもれず、生き物が大好きだ。しかし、東京の自宅周辺で出会えるのは、せいぜいアリンコとダンゴムシくらい。そこで、よっしゃ、せっかくだから珍しい動植物を見せてやろうじゃないか! という美しき親心あふれる企画である。
ところが――。
ようやく緑地にたどり着くぞ、やれやれ、という絶妙なタイミングで、娘は「あっ、すべりだい!」
と目を輝かせながらダッと走り、進路を大きく逸れていった。その先には全国で10万カ所くらい存在する、由緒正しき児童公園。
ちょっと待った! あと2分も歩けば、すばらしい大自然が君を待っているんだよ! 2分だけ歩こう。
私たちは説得を試みたが、そのような長期的展望は「今」を全力で生きる3歳にはまるで響かず、全国で10万カ所くらい存在する滑り台のひとつで遊ぶという予想外の事態に陥ってしまった。
なんとか10分ほどで娘を児童公園から引き剥がすと、ようやく鎌倉広町緑地に到着。目の前には芝生や田んぼ、山や森が広がっていて、娘も「うわーい!」と喜びの声をあげた。
いいね、いいね、これこそが求めていた展開だよ。
11時30分 アリンコ探し
パンフレットによれば、この緑地には富士山や相模湾が見える眺望スポット、そして湿地帯の散策コースもあり、ルートによっては七里ヶ浜まで歩いて抜けることも可能だそうだ。生き物も豊富で、ドジョウやカブトムシもいるらしい。
さっそく私たちは敷地内を散策し始めた。
「アリさんだ! ダンゴムシもいるかなあ!」
娘は目を輝かせながら、地べたにペタリとしゃがみこんだ。
娘よ......。なぜいまここでアリとダンゴムシなのか。
大自然がキミを呼んでいるよ、こっちへおいで、と森の奥へと誘うが、娘は突如としてアリを捕まえることに全力投球しはじめ、まったく前に進もうとしない。
「アリさん、なんでおててのうえにのぼってきてくれないの!うえーん! パパ、はやくアリさん、つかまえてよー」
そう懇願されると、I君もなんとかアリンコを手にのせようと頑張り始めてしまう。私はもはや珍しい生き物も展望スポットも親心もどうでもよくなり、ひとりピクニックシートを広げた。
「おーい! ランチにしよう!」
「西鎌倉ニヨンマル」で買ってきたランチはさすがで、普段は食が細いナナオもパクパクとよく食べる。なかでも私が気に入ったのは、ラタトゥイユ。いやあ、あれはフランス本場の味そのものです。一応フランスに6年間住んでいた私が、太鼓判を押させていただきます。
いやあ、本当にうちの近所に進出してこないかなあ、ニヨンマルさん。
*
くつろいでいるともう13時、次なる目的地へと出発する時刻がやってきた。ここにきて娘が、「ナナ、あっちいく!」と森の奥に行きたそうな素ぶりを見せたので、「これからもっと楽しいことがあるよ」とI君が思わせぶりに告げる。
「えー? なに?」
ふっふっふ、驚くなよ、この先にはさらなる狩猟採取の世界がまっているのだよ。
じゃーん!
「江の島に釣りをしにいこう!」(I君)
「魚釣り」といえば、お風呂場のおもちゃのことだと思い込んでいる娘に、本物の釣りをみせてやろうじゃないか、という美しき親心企画第二弾である。
「えー、やりたい!」とナナオも一気に前向きに。
再び「空飛ぶ電車」に乗り込み、終点の「湘南江の島駅」で下車。すると、なぜかそこはビルの5階だったので、エレベータを使って地上に降りる。
突如として磯の香りが広がり、その先には江の島に向かう一本道がまっすぐに伸びていた。