「鎌倉アンティークス」でスコーンの食べかたを知る
今回の西鎌倉カフェ散歩のために考えた午前中の完璧な飲食プランは、「鎌倉倶楽部 茶寮」でおめざ、「鎌倉アンティークス」で遅い朝食がわりにクリームティーをいただくこと。
(厳格なアフタヌーンティー原理主義の人は、ブランチの時間にクリームティーなんて、と眉をひそめるかしら)
正午少し前。本物のロンドンタクシーがディスプレイされた鎌倉アンティークスの前で記念撮影する。
エントランスの黒い鉄柵に、「BAKER STREET」と書かれた小さなストリートネームプレートをみつけた。
もしここの住所が「神奈川県鎌倉市西鎌倉ベーカー街221B」なのだとしたら、2階にはワシ鼻の名探偵が下宿していなくちゃね、と楽しい気分になりながら店内に足を踏み入れる。
重厚な調度品が並ぶ、英国映画に登場しそうな空間でにこやかに迎えてくれたのは、ホームズではなくてオーナーの土橋正臣さんだった。
「大船に本店があり、完全予約制で英国アンティークのインテリアコーディネートのご相談を受けているんです。この鎌倉山店には、いつでも予約なしに本物のアンティーク家具や食器に囲まれながら、誰でも気軽にお茶を楽しんでいただけるスペースをご用意しました」
土橋さんが英国の伝統文化に魅了されたきっかけは、学生時代、妹が留学していた英国に遊びに行き、ホームステイ先のファミリーと親交を結んだことに始まる。
その街の名はストラトフォード=アポン=エイヴォン。
シェイクスピアの生家とされる16世紀の貴重な歴史的建造物や、ゆかりの人々の家、農場などが多数残されており、世界中から観光客が訪れる風光明媚な土地だ。
アンティークは日常的に使ってほしい、と土橋さんは言う。
英国の田舎を車で回って買いつけてくる家具や食器の数々は、必要な補修はおこなうものの、経年劣化による変色や「理にかなった傷」は魅力のひとつととらえ、そのまま残しておくそうだ。
「アンティークは自分のものであると同時に、大事な預かりものでもあるんです。誰かがメンテナンスしながら使い続けてきたものを自分が預かり、また次の世代に託していく。そうやって時代を越えて慈しまれてきたものこそがアンティークなんです」
古き良きものを手から手へ受け渡していく、目には見えない大きな輪に加わるという感覚、それこそがアンティークのある暮らしの醍醐味なのだというお話に、何度もうなづく。
さて、クリームティーである。クリームティーとは紅茶とスコーンのセットのことで、ジャムと山盛りのクロテッドクリームを添えるのがお約束だ。
鎌倉アンティークスのスコーンは「ブリティッシュケーキハウス」製。
湯河原でブリティッシュケーキハウスを主宰する小澤祐子さんは、ロンドンの製菓技術学校や名門クラリッジズ・ホテルで腕を磨き、帰国後に英国菓子教室&サロンを開いている。
テーブルに運ばれてきたスコーンはさっくりした食感で、紅茶を口に含むと、舌の上でほろりと溶けだすのがたまらない。
「スコーンの食べかたをご存じですか?」と土橋さん。
まずは上下ふたつに割る、というのは誰しも異論のないところだと思うが、英国のクロテッドクリームの名産地では、クリームファーストか、ジャムファーストかが議論になる。
「デヴォン州では最初にクロテッドクリームをのせてから、その上にジャムをのせる。隣のコーンウォール州ではまずジャムをのせ、その上にクロテッドクリームをのせる」と、土橋さんがガイドブックを読み上げてくれた。
デヴォン式かコーンウォール式か。
それは大半の人にとっては「どっちでもいいから好きなように食べましょうよ」な問題だが、両地域においてはハムレットの「To be, or not to be」よりも重大な、譲ることのできない二者択一らしい。
デヴォン州出身のアガサ・クリスティはどちらだったのだろうか。
土橋さんの見解では「クリームが先のほうが滑らずにのせやすい」し、私も長年に渡って同じ理由から、まずは大好きなクロテッドクリームをたっぷりとすくい、その上に少量のジャムをトッピングする方式で楽しんできた。
だが、この会話がきっかけになって、後日ジャムファーストに初挑戦したところ、そのほうが口に入れた瞬間にクロテッドクリームが歯や上あごに直接触れるので、いち早くクリームの食感と風味を感じやすいということに気づいてしまったのだった。
私の結論は、「クロテッドクリーム好きならジャムファーストで」。
こんな議題をまじめに遊ぶことができたのは、鎌倉アンティークスで過ごした時間が、人々に磨かれながら歳月を重ねてきた英国の家具や食器と、そういうライフスタイルを愛する精神に囲まれていたおかげなのだと思う。
土橋さんはかつての妹のホームステイ先のファミリーと現在もあたたかな交流を続けており、来日したご夫婦を案内した際には、湘南モノレールが走る光景を珍しがって喜んでくれたという。
鎌倉アンティークス 鎌倉山店&ティールーム
神奈川県鎌倉市西鎌倉1-1-13
TEL 0467-33-0880
11:00-17:00 定休日:火曜・水曜
http://www.kamakura-antiques.jp
花ざかりの青蓮寺でおみくじを引いたら
ゆるい坂になっている県道304号線をのんびり歩いて、弘法大師ゆかりの寺と伝えられる青蓮寺、通称「鎖大師」を訪れてみる。
御本尊として祀られている鎌倉時代の木造弘法大師坐像は、膝の関節が鎖でつながれた珍しいもので、国の重要文化財に指定されているそうだ。
年に5回の御開帳時以外、御本尊を見ることはかなわないが、花のさかりで少し浮世離れした美しさになっている庭の一角に、筆を持つ弘法大師の像をみつけた。
そばまで行って、ふふっと笑ってしまう。人はなぜ、あらゆる場所にすかさずお賽銭を置きたがるのだろう?
小さなお守り付きのおみくじを引いたら、大吉!
素直に喜んだあと、「ここではどれくらいの確率で大吉が出るの?」という疑問が脳裏をかすめて、おみくじ結び所に連なっている古いおみくじの吉凶をそれとなくうかがってしまう。
そんな人間はおみくじを引いたりするんじゃありませんよ、と神仏にお叱りを受けそうなので、陽光をいっぱいに浴びて輝く枝垂れ桜の下で、書かれている言葉をすみずみまで読んだ。
時計を見ればそろそろ午後2時。さあ、おいしいランチを食べに行こう。
飯盛山 仁王院 青蓮寺
神奈川県鎌倉市手広5-1-8
http://kusaridaishi.jp