西鎌倉駅と聞いても、ほとんどイメージが浮かんでこない。
よく北鎌倉駅と間違われるらしいが、北鎌倉は長いホームに色とりどりの観光客の姿があふれるJRの有名駅。
西鎌倉は小さくてのどかな湘南モノレールの駅である。
長く支持を得ているお店には、魅力的な「何か」がある
湘南モノレールに乗ってカフェをめぐる散歩をしようと思ったのは、「西鎌倉にもいいカフェがあるそうです」というMさんの言葉がきっかけだった。
駅周辺は穏やかな表情の住宅地だというが、「長年そういう場所で住民の支持を得ているお店には、魅力的な何かがあります」とMさん。
「何か」って、いったいなんでしょう?
にわかに興味をかきたてられて、「西鎌倉でカフェ散歩をせよ」というミッションをお受けしたのだった。
もともと知らない駅に降りて、知らない街で迷子になるのは大好きだ。
4月のよく晴れた月曜日の朝。
すでに大気中に微量の夏の成分が混じっているのを感じながら、大船駅から湘南モノレールに乗る。わずか9分間の乗車。
西鎌倉駅に近づくにつれて車窓の緑が目立って多くなり、心が数センチほど浮き上がるような気がするのは北鎌倉駅の場合と同じだった。
(あ、ごめんなさい、比べたりして!)
いただいた西鎌倉ミッション・リストの中から、実際に訪ねたお店はフラワーショップを含む合計6軒。
Mさんは「お気に召すお店があるといいのですが」などと控えめな言葉を添えておられたが、結論から言えば、各店の水準の高さに驚くばかり。
西鎌倉は東京からわざわざ行く価値のある街だったのだ。
帰り道、この街のお店で出会った素敵な「何か」を考えてみたら、結局はすべて人なのだという結論に落ちついてしまった。
(1) 東京の有名店や海外などで活躍した実力をもつオーナー。
(2) お店のテーマを長年にわたり深く掘り下げてきたオーナー。
(3) 落ち着いたライフスタイルを楽しむ住民たち。西鎌倉駅のすぐ東側に横たわる鎌倉山は、著名人のお宅もある高級住宅地だ。
というわけで、今回のカフェ散歩で訪れた6軒をご報告しましょう。
道すがら、葉桜になりつつある桜並木を眺めたり、紅白の桃が花盛りのお寺の境内でおみくじをひいたりと、寄り道のぶらぶら歩きは腹ごなしを兼ねている。
1.「鎌倉倶楽部 茶寮」で二十四節気セットを味わう
西鎌倉駅から2分も歩かないうちに1軒目に到着して、白い麻の暖簾をくぐる。
ここだけは新しいお店で、2017年9月にオープンした日本茶専門のカフェである。
洗練された空間のあちこちに、小さな緑や花のしつらい。
銀杏材のカウンターの中には湯釜と茶杓。
奥には衣類やガラス器など、このカフェと世界観を同じくする生活雑貨が並ぶスペースがあった。
メニューには日本各地のお茶とそれに合うお菓子が並んでいる。
煎茶、高級煎茶がそれぞれ7種類以上と、抹茶が2種類。
日本酒、それに珍しい抹茶ビールや和紅茶スカッシュも揃えている。
初めてのカフェでの注文はひねらずに、素直に主力メニューの中から選ぶのが、もっともスムーズにそのお店の魅力に触れる方法だ。
ここでは煎茶・高級煎茶とお菓子の組み合わせを注文することにした。
「茶葉はブレンドせず、茶農家さんが手を凝らした味わいをそのまま楽しんでいただけるようにしています」
店長の齊藤亜紀さんが丁寧に説明してくれた。
日本茶も近年、スペシャルティコーヒーの世界と同じように生産地ごと、茶農家ごとの個性の違いを大切にしているのだ。
「味は大きく4つに分類してご紹介しています」
その4つとは、渋め、濃いめ、さっぱりめ、優しい風味。
どのお茶も試してみたくなるけれど、「時期的に今、味がのっている」という言葉に惹かれて天竜のさくま手摘み茶(やぶきた)を選んだ。
もうひとつのお楽しみは、お茶に合う和洋のお菓子。
「この中からお選びいただけます」
大きなガラスの器にこまごまと、なんてきれいな彩り!
写真の左の器から選ぶなら、3個組の1列を指定する。
たとえば「春の苦み」という趣向の蕗味噌・きゃらぶき・つくしや、京都の大納言小豆、はちみつ漬けのナッツとチーズ。
右の器には自家製の金柑と白味噌焼き菓子や、桜羊羹、梅寒天、それから「三重県の森林組合の方が樹木からエッセンシャルオイルを作っているのですが、それをチョコレートに加えた、ヒノキやクロモジの香りのするチョコ」などが並んでいる。
全部ください......と言いたいのをこらえて、自家製の「茶葉のはちみつ漬けとゆりのねのペーストを合わせたもので、下に自家製の梅酒をひたしたスポンジとマスカルポーネ。フルーツグラノーラも入れてあります」という一品を選んだ。
運ばれてくるのを待つあいだ、和菓子の光と透明性のことを思う。
むかし読んだ森瑤子のエッセイに、西洋の宝石と東洋の宝石の違いが綴られており、西洋の宝石はダイヤモンドを筆頭にきらきらと光を反射するのに対して、東洋の宝石は光を内部に吸収する――たとえば中国の翡翠のように、という印象的なくだりがあった。
鎌倉倶楽部 茶寮のお菓子たちは、きらりと光るもの、つやつや光るもの、ねっとりと光を吸い込むもの、薄い光の膜に包まれてふるえているもの......。
作家ものの急須も、好きなものを選ばせていただける。
落ちついた静かな所作でお茶が点てられていく。
急須を掲げて空中でそっと弧を描くようにする所作、あれはお茶になにやら魔法をかけたのだろうか。
1煎目を飲み終えると、お湯の温度を上げて2煎目が点てられる。
香り、旨みと渋みがゆらりと変化して、新しい表情が現れる。
齊藤さんは茶道の先生だった叔母さんのもとで小学生の頃から茶道を習い、お茶の味というよりも、お茶を喫する空間と、そこにゆるりと流れる特別な時間に魅了されたそうだ。
お茶の道を志すなかで出会った銀座・松屋の日本茶カフェ。
縁あってそのスタッフとなり、接客はもとより茶葉の仕入れ、日本各地の茶農家を訪ねて製造工程を確認するなど、13年間に渡り日本茶のあらゆる工程に関わってこられたという。
齊藤さんの願いは、若い人々にも日本茶の奥深い世界を気軽に楽しんでもらうことだ。
「魅力的な生産者さんがいらっしゃるので、その方々とお客さまとの接点になれたら、ということもあります。ふだん、お茶を飲みながらお茶農家さんの顔や風景が思い浮かぶことはあまりないと思いますが、ここでは、こういう人がこういう山で育てているという、飲めば情景が浮かぶようなお茶を扱わせていただいています」
季節が移ればお茶うけも変化していく。
夏にはどんな彩りが並んでいるだろうか。
次回もまた心楽しくあれこれ迷うのだろうなと思いながら茶寮を後にした。
鎌倉倶楽部 茶寮(かまくらくらぶ さりょう)
神奈川県鎌倉市津1040-50
TEL 0467-32-1000
11:00~19:00 定休日:火曜・水曜
https://kamakura-club.com/teahouse/
煎茶 各600円、高級煎茶 各800円
お茶のお友(二十四節気セット) 各500円
2.「frankie flower」で自分に花束を
今回の散歩には、勝手に追加したミッションがあった。
自分のために小さな誕生日の花束を買うこと。
10年ほど前から誕生日は祝ってもらう日ではなく、身近な人々に「この1年間お世話になりました、ありがとう」と伝える日にしているのだが、久しぶりにささやかなプレゼントを自分に贈ろうと思ったのだ。
「鎌倉倶楽部 茶寮」から大通りを3、4分歩くと、フラワーショップ「frankie flower」の青い扉の前に到着した。
並んでいる切り花のセレクションが素敵だ。
クリスマスローズ、ヘデラベリー、大好きな黒いダリア。
「自分の誕生日用に花束をいただきたいのですが」
お店のかたにそうお願いする。
これが20歳の頃だったら、淋しい人だと思われそう......という自意識が勝って、正直に注文できなかったかもしれない。
でも、もはやまるで頓着しないのだ。
自分も変わったし、時代も変わったのだと思う。
私がお花屋さんなら「自分に花束? 素敵じゃない」と思うだろう。
「3千円で、大人っぽくシックな感じの花束を」
そう注文して、18時30分頃にまた来ますと告げて次のお店へ。
どんな花束になるのか、帰り道のお楽しみ!
frankie flower(フランキー フラワー)
神奈川県鎌倉市西鎌倉1-1-11
TEL 0467-67-7624
10:00-19:00 定休日:木曜+不定休
http://frankie-flower.com
火曜・水曜