日々、大船から江の島へ人々を運ぶ懸垂式モノレール。
その先頭で乗客を導く仕事人の日常を探る対話連載。
第2回は、運転席に座る日常のスリルと、
ちょっとした「遊び心」について、語ります。
登場する運転士さん
左/石野智弘(いしの・ともひろ)さん
29歳。乗務歴10年。高校時代から片瀬山在住。穏やかで控えめなお人柄(とお見受け)。
右/寺田勇一(てらだ・ゆういち)さん
53歳。乗務歴34年。やはり沿線在住。職場の愉快なムードメーカー(とお見受け)
聞き手/大谷道子、宮田珠己
車両に「裏切られる」こともある
──1日の勤務のスケジュールは、どんな感じですか。
石野 (紙を取り出す)これが、勤務のときの「行路表」なんですが、乗る電車の列車番号が書いてあって、何回乗って何分休憩というのが書いてあるんです。
寺田 だいたい、一度乗ったら、4往復くらいして、35分休憩。そのあとまた4往復乗って、また休憩してあと2回くらい乗っておしまい、というのがパターンですね。だから、1日10往復くらい。
──その間、トイレは行けないんですよね。
寺田 江ノ島で駆け込む、とかはありますね(笑)。まあ、小のほうなら。お腹が痛いときとかは、困っちゃいますけど。
──お昼ごはんはどこで?
石野 乗務の日は基本、外に出られないので、仕出しを頼んだり、お弁当を持ってきたりして、休憩時間に食べています。
──湘南モノレールのコース中、いちばんの「難所」はどこですか。
寺田 鎌倉山トンネルの中かなぁ。あそこ、当社最大の75キロまで出すんですけど、出たすぐ先がカーブで、その先は50キロの制限があるんですよ。出てすぐブレーキがかかって、減速すると車体がガッと振られるので、お客さんが多いときは気を遣いますね。
石野 私は、カーブを抜けるところからちょっと込めはじめるんですけど......あ、ブレーキをかけることを「込める」って言うんです。
寺田 出たねぇ、専門用語。
石野 はい、つい(笑)。で、込めていって、なるべく揺れないように。ブレーキのかけ方は、やっぱり全体的に気を使いますね。
寺田 下手すると、お客さんが怪我しちゃうからね。
石野 あと、車両が7編成あると、個性がそれぞれ豊かなので。
寺田 ブレーキが甘かったり、途中で裏切るヤツがいたり......。
──裏切る?
寺田 普段はいい具合に効くのに、「何でこのタイミングでブレーキが効きにくいの?」って。
石野 ありますね。1往復目では効いたのに、次の往復で効かないとか。そういうのが「裏切る」車両。
寺田 たぶん、お客さんの数に合わせて、内部の機械がブレーキの具合を調節するんですね。だから、カラの状態でも満車でも本当は同じ具合に効くはずなんだけど、なぜか効かないときがある。
──へぇー。つまるところ、揺らさずにスムーズに走って、安定的に止めるのが、懸垂式モノレールの走り方だと。
寺田 そうですね。
石野 やっぱり、それがいちばんです。
──アトラクションじゃないですもんね。
寺田 ええ(笑)。でも、土日に、車両のいちばん前で見てくれる人たちは、もっとこう、揺れたり、スピードが出たりするほうが、きっと楽しんでもらえるんだろうけど。
石野 そういうのが好きそうなお客さまがすぐ後ろにいたりすると、トンネルで75キロまで出してみようかな? とか、思いますよね。
寺田 好きそうな人かどうかは、何となく風貌とかでわかるしね(笑)。
──運転士としての、サービス精神が。
石野 だいたい、懸垂式モノレールの中で、トンネルがあるのが当社のくらいしかないんですよ。だから、トンネルに入った瞬間に、「え、トンネル?」「トンネルだ!」って声が聞こえてきたり......。お客さまの声って、意外と運転士に届いてるんですよ。
──全行程の中で、好きな眺めはどこですか。
寺田 僕は......湘南江の島駅に向かっていくときの、片瀬山駅あたりから見る風景。上り坂を上りきった頂上から、海が見えるんです。
石野 伊豆大島が見えて、天気がいいと、もっと先まで。私はそこと、もうひとつは湘南町屋駅の近く。大船から湘南江の島に向かって進行方向右側、富士見町駅を通過して、ちょっと山っぽいところを抜けた瞬間に、大山から富士山、丹沢を一望できるところがあるんです。ちょうど夕陽側なので、とくに冬は、赤く染まった空に富士山のシルエットが映えてすごく綺麗です。
寺田 大船の周辺は普通の街だったり、準工業地帯の風景だったりするんですけど、湘南深沢から先になると、急にこの辺りらしい景色になってきますよね。「これがモノレールの鎌倉だ!」みたいな。
→Vol.3に続く