4駅目は西鎌倉です。このあたりではレールを支える一本の太い柱が、レールの真下にあるスーパー・スズキヤに容赦なく突き刺さっています。いったいどうなってるんだ。スーパーの中を貫いているのか(中に入って確かめたけど位置関係がよく分かりませんでした)。
このあたりには、私が長年訪れたかった地があります。通称、「腰越・津」錯綜地。コアな地図マニアには有名な場所であります。
学生時代のあるとき、私がいつものように地図を眺めていると(任意の場所を地図を眺めるのは毎日のたしなみです)、鎌倉市内に「腰越・津」という奇妙な地名があることに気づきました。地名に「・」が入っている。変です。こんな地名あるんでしょうか。
のちに調べてみると、「鎌倉市腰越」と「鎌倉市津」は独立した別の地名。しかし、「腰越」と「津」という二つの住所の間にはものすごく複雑に境界線が走っていて、とても地図に表せないほどなので、市販の地図ではまとめて「腰越・津」と書いてしまっているらしい。境界線がここまで複雑になった理由をたどると、江戸時代までさかのぼるとのこと。
ね、ためしにグーグルマップで「鎌倉市腰越」で検索してみてくださいよ。グーグルマップは「腰越・津」と表さずに、忠実に腰越の部分だけを赤いラインで囲ってくれるんだけど、飛び地や離れ小島だらけのリアス式海岸みたいな図形が登場するでしょ。「鎌倉市津」でも同じ。
こういう地図の小ネタが大好きな私としては、いまだにそのややこしさが生きているこのあたりの様子をいつか見てみたいと思っていたのです。
と、ここにかける私の思いをこれだけ語ってみたものの、最寄り駅の西鎌倉から問題の地に踏み入れてみると、そこは単なる坂の多い住宅地なのでした。「新鎌倉山自治会」とかかれた案内図の看板でも住所や番地については何も触れられておらず、表札に住所が書いてある家も少ない。熟練の散歩士である私も、この境界の複雑さの楽しみ方が分からない......。
傾斜の住宅を上ったり降りたりして疲れ果て、やっと、横並びのお宅の住所が「津1036-20」「腰越1598-8」「津1037-59」というすごく不条理な順番になっている景色をやっと発見。番地の数字もやたらデカくて分かりづらい。これだ、こういうのが見たかったんだ。けど、なんか、表札でしか分からないからさほど感動がないや......。
いやそれでも、整備された住宅地なのに番地がまったく整理されていない不便さに私は萌えます。ぜひ江戸時代からの伝統をうけついで、この不便さをそのままにしていてほしい。
ということで、いくらなんでもほじくりすぎだったこの件は一旦置いておきましょう。西鎌倉にはもう一つ見るべき場所があるのだ。
ほじくり湘南モノレール(4)
2018.02.28
能町みね子
北海道出身、茨城県育ち。
著書に、『くすぶれ!モテない系』(文春文庫)、『雑誌の人格』『雑誌の人格2冊目』(いずれも文化出版局)、
『お家賃ですけど』(文春文庫)、『うっかり鉄道』(メディアファクトリー)、『能スポ』『能サポ』(いずれも講談社文庫)、
『逃北』(文春文庫)、『ほじくりストリートビュー』(交通新聞社)など。
著書に、『くすぶれ!モテない系』(文春文庫)、『雑誌の人格』『雑誌の人格2冊目』(いずれも文化出版局)、
『お家賃ですけど』(文春文庫)、『うっかり鉄道』(メディアファクトリー)、『能スポ』『能サポ』(いずれも講談社文庫)、
『逃北』(文春文庫)、『ほじくりストリートビュー』(交通新聞社)など。
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