江の島への近道 湘南モノレール株式会社

大船―小さな歴史を聞く 大佛旅館編(4)

話を大佛旅館に戻そう。旅館の裏手には原っぱが拡がっていた。この原っぱはそのうち駐車場になったそうだ。近所の子供たちは、旅館の敷地を抜けては蝶々が乱舞する草原に遊んだという。森があって、小川があって、原っぱもある。旅館周辺は、子供たちにとって格好の遊び場だったようである。
すっかり護岸工事がなされ、コンクリートで覆われた現在からは想像するのにもひと苦労だが、かつては魚もいたのだろうか(ザリガニは間違いなくいたとの証言を数人から耳にしている)。旅館の近くでは子供たちがのびのびと釣りを楽しむ姿も日常的に見られた。

(9)釣り.JPG砂押川に釣り糸を垂らす少年たち。奥が大佛旅館の森。道路から一段下がった辺りに土手のような部分があったそうだ。この写真で少年たちが腰を下ろしている川べりのこと。(昭和30年頃・大船家具所蔵)

【差し替え】(10)釣り(現在).JPG(2017年12月筆者撮影)


この写真については、現在どの場所に当たるのか推測するのが難しかった。近隣の老舗の方にも協力を仰いだところ、大東橋と旅館へ渡る橋の間だろうという話だった。川の蛇行具合、川べりの様子などもかんがみて、三日月街区が途切れ駐輪場が始まるあたりではないかと当たりをつけてみた。

大佛旅館の宿泊客が浴衣姿で大東橋の欄干から川面をのぞき込む姿なども見かけられたそうだ。
「旅館に泊まると散歩するじゃないですか。そういう感じであの辺りを歩いておられたんですね」と関さん。
街では日々の暮らしが営まれているのに、そこだけ箱根かどこかみたいで、とても面白い。かつてはここに、そんな時間の流れ方があったのだ。
「まだまだ世の中がみんな、ゆったりとしていたのね」と関さんは笑った。

やがて時代が移ろうとともに、駅に出入りする通勤の人たちの数も増え、旅客の優雅な散歩姿になんとなく違和感を覚えるようになってきた。時を同じくして、大佛旅館もいつの間にかなくなっていた、とのことだった。戦後、産業構造が変わり、製造業やサービス業に従事する人口が徐々に増加、全国的に都市化が進んだ。幼かった関さんが感じとった変化は、こうした時代背景と合致している。

詳細地図を見ると、1967(昭和42)年の地図を最後に、少なくとも詳細地図上からは「大佛旅館」の文字は消える。その後、1976(昭和51)年4月に大規模小売店舗「ニチイ」大船店が開店することになる。

後記
昔の話を聞くのは面白い。街に積み重なった歴史の古層を知れば、現在には痕跡を求め、未来にはその過去の反映を夢想するようになる。
風情ある旅館があったという過去を聞いてからは、私はここにジブリ映画『千と千尋の神隠し』に出てくる湯屋のような背の高い木造の旅館が建つ妄想をいだくようになった(あるいは、ドリームランド近くにあったというホテルエンパイアのような建物も似合いそうだ)。鎌倉や江ノ島への玄関口として、そこへ旅客が泊まる。夜の早い江ノ島や鎌倉での観光を終えたら、大船の旅館へ戻ってきてひと風呂浴びる。そして夜の街へ出る。飲み屋では遠くから来た旅人が、地の人と混じって杯を交わす姿が見られる。そんな大船の未来の妄想だ。

じっさいには再開発の計画で、大佛旅館のあった場所には高さ70数メートルのマンションが建設されることになっている。このマンションには大規模商業施設も併設されるようで、「オー! プラッザ」に入店していた店舗も戻ってくるのかもしれない。
街は生き物のように変化し続ける。過去が保存されやすい「古都鎌倉」とは違い、大船は普段の暮らしの街だ。だから、時代ごとの要請に応えて姿を変えていくのは当然のことでもある。だが、もちろんここでも、ほかのどことも同じように人々がかけがえのない時間を過ごしたのだ。激動の流れのなかに消える前に、その輝きをわずかでも写し取りたい。

新しくこの地に縁をもたれる方にも、変わらずこの地に暮らす方にも、皆に、かけがえのない時間が訪れますように。
(細)

◎『大船ヨイマチ新聞』創刊号には、関さんはじめ大船ッ子が街の「小さな歴史」を振り返る「大座談会」を掲載しています。本紙もお手にとっていただければ幸いです。
◎皆さまからの大船の「小さな歴史」情報もお聞かせください!

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大船ヨイマチ新聞
2015年より大船でフリーペーパー「大船ヨイマチ新聞」の活動をスタートさせる。
発端は2014年生まれの子をもつ5人の母親が、子供を通じて出合って意気投合したところから。
本業と母業のすき間を縫って、年に1回というスローペースながら、あふれる大船愛をぎゅうぎゅうに詰めた「新聞」を刊行中。
ぜひ本誌もお手に取られてください。
編集部から「陽」と「細」がこちらのサイトで記事を書きます。
・バックナンバー:創刊準備第1号(2015年)、創刊準備第2号(2016年)、創刊号(2017年)
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