片瀬山駅を発ったモノレールは車道からの高度を確保しつつ蛇行を繰り返し、坂を下ってスリバチ状の谷間につくられた高架駅・目白山下駅に停車した。丘陵を抜けた車内が明るくなり、視界が開けた。スリバチの空は広いのだ。
車窓からも遠くに湘南の海を見ることができる
「おー!海だ海だ!江の島が見え~てきた~♪」
グンマーの友人はコーフン気味だ。残念ながら江の島はまだ見えていない。運転台の後ろに一緒にいた小学生は、いつの間にか父と着席していた。
「湘南はいいんね。江の島といえばやっぱサザンだいね」
気持ちは分かるがサザンオールスターズは茅ヶ崎である。大胡と笠懸(注:地元群馬県のローカルな地名)を間違えると怒るくせに。目白山下駅前方には新手の山が迫っていた。これまで蛇行を繰り返したモノレールの軌道は前方の山へ真っすぐに向けられていた。薄暗いトンネルの開口が手招きしている。
「いざ!江の島へ!!」
グンマーはテンションマックスだ。2度目のトンネルをすり抜けた車体は最終駅である湘南江の島駅に滑り込んだ。モーター音が静まり、ドアが開いた。乗客がホームへと溢れ出る。レールがドンツキで終点駅のムードが漂う。
モノレールの終点・湘南江の島駅
「中央前橋駅みたいんね」
上毛電鉄とは違うのだよ、上電とはな、と思いつつ、ホームのある地上5階から階段で下りる。途中に運転の模擬体験ができるシミュレーターがあり、先ほどの親子が陣取っていた。友人は悔しそうだ。
青空が似合う湘南江の島駅。現在エスカレーターの設置工事が進められている
片瀬山駅から湘南江の島駅、江の島周辺の地形図(カシミール3Dを使って作成)
町工場のような巨大な駅舎を出て、人が流れる方へ着いて行く。江の島はこの道の先にあるのだろう。歩いてすぐに江ノ電の江ノ島駅があり、駅前は自撮りの観光客たちで賑わっていた。江ノ電を下車した人たちが通りへとなだれ込み、まるで縁日のようだ。「すばな通り」と呼ばれるこの通りの両側には雑貨店や土産物、食べ物屋さんが並び、「生しらす丼」と書かれた看板が目に留まった。海なし県群馬でも釜揚げしらすやちりめんじゃこは食卓に並んだけど、生のしらすがあるなんて子供の頃は想像すらしなかった。友人も同様に生しらすに反応していた。やはりここは湘南なのだ。
観光客で賑わう「すばな通り」を歩いてゆけば江の島だ
通りはゆるやかな上り坂だった。海岸砂丘(浜堤)か、江の島へと続く稜線の一部か判断は難しい。坂を上り終えると正面に江の島が見えてきた。とりあえず弁天橋の手前まで歩き、橋詰広場で二人して海を眺めた。陽が傾いた湘南の海はキラキラと輝き、宝石をばら撒いたかのようだった。沖に浮かぶヨットと、遠くには大型船のシルエットも見えた。波の音に交じり、トビの声が青い空に響いている。水平線は霞んでいたが、空と海がどこまでも続いてて怖いくらいだ。
「海だね」
「やっぱ海は広いんね」
山に囲まれた海なし県民グンマーにとって、海の存在自体そのものが驚きで憧れなのだ。
グンマー誰もが憧れる湘南の海。江の島も中学の修学旅行以来だ
ぼんやりと海を眺めながら30年振りの再会に感謝した。建築に憧れ、お互い職にめぐり合えた幸運。女の子にモテようとギターを練習した日々。「互いにギター、鳴らすだけで、分かりあえてた、奴もいたよ」というサザンの歌詞が頭をよぎるが、自分たちはその域まで到達できなかったな。まあいいか。
「はあ、けーるんべーや」
「えっ、もう帰るの??」
遥々やってきたグンマーの鉄ちゃんは、江の島には興味がないらしい。典型的な陸繋島としての江の島の地形や、片瀬川が形成した陸繋砂州(トンボロ)を山頂から確認したかったのに。「岩屋」と呼ばれている隆起海食洞窟も巡検したかったのに。
次回は妻と一緒に来ようと思った。朝、犬の顔を拭くのを忘れなければ大丈夫だ。そして生しらす丼を食べに行こうと誘えばきっと一緒に来てくれるはずだ。
湘南モノレールに乗って。