江の島への近道 湘南モノレール株式会社

プロローグ

「湘南モノレールに乗りに行かないか?」

高校時代の同級生からメールが届いた。その友人とは最近SNSを介してネット上で再会し、30年ぶりにお互いの近況をやり取りするに至った。最初に彼からメールが届いたのは、昨年に自分があるTV番組に「谷を偏愛する地形マニアの変人」として出演し、本名が晒されてしまったのがきっかけだ。彼とは高校時代に同じ鉄道研究会に所属し、当時流行っていたフォークギターを一緒に練習したりした。「建物の設計をやりたい」という漠然とした夢を話し合った気もする。そんな彼とバーチャルな再会は果たせたが、これまで特に会う機会はなかった。

地元群馬県で起業した建築設計事務所の経営も軌道に乗り、子供も大学へと進学したため時間的にもゆとりが持てるようになったのだろう。大好きだった鉄道趣味に近年ふたたびのめり込んでいるらしい。鉄道好きには「乗り鉄」や「撮り鉄」「旅鉄」など様々なジャンルがあるが、鉄道研究会車両班だった彼は今「乗り鉄」に分類されるだろう。全国各地のめずらしい鉄道に乗った体験記を自慢気にSNSに投稿していた。ちなみに自分は鉄道研究会の廃線跡班に所属、班員は自分を入れ2人だけだった。廃線跡探索は高貴な大人の趣味なのだ。分かる高校生が少ないのは仕方ない。

「乗り鉄」の彼からのメールは、群馬から仕事で上京するついでに湘南モノレールに乗ってみたいというお誘いだった。グンマー(群馬県民)にとって「湘南」は一人では行きにくい土地なのであろう。いいよ、とメールで伝えたら、調子に乗って電話をかけてきやがった。

「今度、つき合ってくれるん?」

「ああ。自分も乗ったことないけど、何処と何処を結ぶ路線だっけ?」

「大船と江の島。有名な路線だんべ。マニアじゃなくてもみんな知ってるんさ。それでも鉄ちゃんなん?」

画像1.jpg湘南モノレール周辺の地形図(カシミール3Dを使って作成)。平野や丘陵など複雑な凸凹地形を縫うように、湘南モノレールの軌道が築かれている様子がよく分かる

群馬弁にムカついたが、確かに大船駅でモノレールの桁を見た気がする。何よりも大船や鎌倉といえば、「谷戸」と呼ばれる自分が大好きな谷地形が多いことを思い出した。通常の鉄道よりもモノレールの場合、起伏ある地形に寄り添うよう従順に建設されているはずだ。どのように起伏ある地形と折り合いをつけ、戯れているのか、ふつふつと興味が湧いてきた。電話口での間が空いたため、念のため聞いてみた。

「江の島へ行くなら、小田急なら新宿から一本だし、鎌倉から江ノ電に乗るのも観光気分を味わえて楽しいかもよ」

「今回は湘南モノレールを乗るのが目的なんさね。それに小田急は何となく都会の路線ぽくて敷居が高いし。鎌倉経由は遠慮するよ。上州新田郡から馳せ参じると鎌倉市内で斬りつけられるかもしれないから(笑)」

たしかに小田急線や田園都市線はグンマーにとっては憧れの路線であるとともに、都会的なイメージでハードルが高い(それに比べ東武線や西武線はどこか親近感があってよろしい)。しかし鎌倉を避ける理由は理解しがたい。鎌倉幕府を滅ぼした新田義貞のことを恨みに思う鎌倉の人は少ないだろう。そもそも新田義貞の故郷が群馬県旧新田郡だなんて知る人は少ないに違いない。

「やっぱ湘南モノレールに乗るのが目的なんだね。大船までどうやって来るの?」

「今は高崎線が上野東京ラインや湘南新宿ラインで乗り換えなしで大船まで直通運転なんさ。それでも鉄ちゃんなん??」

田舎者の知ったかぶりにまたムカついた。グンマーを東京圏へと大量に移送する高崎線はやはり上野を終点にすべきだ。が、まあ大目に見て湘南モノレールの大船駅改札で待ち合わせることにした。妻を誘ってみたが、「グンマー」「鉄ちゃん」「オタク」というワードに過剰反応し、あっさりと断られてしまった。朝、愛犬の顔を拭き忘れたのも影響したのかもしれない。

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皆川典久
東京スリバチ学会 会長
上州の田舎町から憧れの東京に就職で上京し、「東京人」にバカにされないようにと歩き回っていたら、都心には谷間や窪地が多いことに気づく。自分にとっては不思議に思えた谷間や窪地をその第一印象から「スリバチ」と勝手に名付け、東京スリバチ学会を設立したのが2003年。以来、地形好きな変人たちを誘ってフィールドワークと記録を続けている。2012年に『凹凸を楽しむ東京「スリバチ」地形散歩』(洋泉社)を上梓。自分と同類の地形マニアが意外にも多いことに勇気づけられ現在に至る。合言葉は「下を向いて歩こう」。
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