六時半。暗くなってそこを出たすぐ先は煌々と明るく、八百屋、魚屋、お総菜屋などが道いっぱいに並べて本日最後の売り出しだ。タオル鉢巻きの魚屋が発泡スチロールの蓋に刺身トレイを三つ並べ「さーこれで1000円、1000円」と威勢よく、惣菜屋の〈大盛り天ぷらセット海老入り〉500円は、「最後だから400円!」になり、以上で家族五人の夕飯は充分だ。花屋は白い紙で包んだ花束がずらり。「500円が350円でーす」に女性がどれにしようかと見較べる。奥の肉屋は私でもわかる上等な牛肉が信じられない格安で客が絶えず、買って帰ろうかなあと真剣に迷う。
夜の小市場
その小市場を抜けた大船仲通り商店街は飲食店がぎっしりだ。「名物!ペラペラ焼と川崎喰いのお店 鮮度命 大船ホルモンセンター」は満員。立ち飲みが多く、古そうな「鎌倉飯店」向かいの「立ち呑み処 まるま」に入った。
大船ホルモンセンター
「立ち呑み処 まるま」
奥に数人が立ち飲み。カウンターのガラスケースにはいろんな小鉢が並ぶ。品書き札、揚げギョーザ、目光の天麩羅、ベーコンエッグ、真いわし刺、豚ハツ串焼などある中の〈いか醤油漬け焼〉というのがうまそうだ。大根、はんぺん、厚あげなど〈本日のおでん 2コで150円〉。〈組み合わせ自由 2本で250円〉はしゅうまい、にんにく、鶏つくね、チョリソ......。その中に、お、〈ちくわ磯辺揚げ〉がある。これこそは大衆居酒屋にしかない「必ずうまいもの」。生ビールを飲むうちに届いたそれは二つ割り四本が重なり、青海苔たっぷりのからりとした揚がりは過去最高の旨さ。そう思って見ると客前に置いた肴はどれも丁寧で、奥の厨房では本格の仕事がされているのがよくわかり、これだけのレパートリー広い品が券売機で買う200円、300円とは全く申し訳ない。
「まるま」のカウンターと〈ちくわ磯辺揚げ〉
黒豆石洗い出しの床に、天然木肌のカウンターがすばらしい。同じ材を使う、入口脇のここだけは座れる四人掛け極小L字カウンターは仲間との一杯に良さそうだ。開け放った玄関に隣客の煙草の煙がいやではない。身なり良い中年カップルは、大げさな店なんか行かず、ここでいいよという風情がかえって知的だ。もの静かで落ち着いた店の雰囲気は本格バーと同じ。ただし格安、しかし仕事は最高。肩に黒デイパックの優秀そうな会社員が気負わず一杯ひっかけ、主人と少し言葉を交わして帰ってゆくのは、酔っ払いがたむろする立ち飲みとはちがう品格がある。午前中から開いているというが、これはよい店を知った。
「まるま」入口の小座席
初めて来た大船は、横浜のおしゃれ、鎌倉の文学好みとは違う、あくまで庶民派の活気と誠実があった。似顔絵入り「大船ヨイマチ新聞」は地元愛に満ちた「大船大座談会」がいい。こういう自主新聞が発行される町は必ず良い町だ。ここに住む人がうらやましいなあと思いながら、帰りの電車に乗ったことでした。