なつかしの湘南モノレール500形!2004年の撮影
世の多くの人々は、乗り物はなるべく揺れないことが望ましいと思っているらしく、いかに揺れを抑えるかに主眼が置かれて発達してきたのが乗り物の歴史である(スピードが主眼という気もするけど)。われわれ現代の人の感覚からすると、江戸時代の駕籠なんて乗り物はもうめちゃくちゃに前近代的、原始的な乗り物で、乗り心地なんかも劣悪そうな気がするのだけど、実は他の乗り物である馬の背中とか牛車とかに比べ、とても乗り心地がよかったらしいと、最近なにかで読んでびっくりした。
考えてみれば、乗馬などは疾走する動物の骨格の動きがそのままお尻に突き上げてきたりとか、かなり野蛮である。牛に引かれたとしてもゴムタイヤやサスペンションのない木製の車輪である。ぜったいに脳天までゴツゴツな振動が伝わってくる。そんなのに比べれば、ふたりの駕籠かきのしなやかな人体と横に渡された太い竿(あれは何と呼ぶのか)が振動を吸収してくれるわけで、駕籠は当時達成可能な最高の乗り心地を実現していたのである。わたしは駕籠も馬の背も牛車も実際に乗ったことがないけれど、この比較はまちがってないような気がする。
モノレールの話をするのになぜ駕籠の話から始まるのかというと、それはここで語りたいモノレールが懸垂式に限られるからである。駕籠の人の乗る箱の部分は竿にぶら下がっており、懸垂式モノレールの人の乗る箱の部分もまたぶら下がっている。時代をはるかにへだてて、このふたつの乗り物は物理的にとても似ている。いや、単に物理的に似ているとかそういう問題ではない。ここで重要なのは揺れをポジティブな価値と考えるという気持ちの余裕であり、要するに「味わいのある乗り物」というあり方こそが似ているのである。
すてきなぶら下がりっぷり♡(湘南モノレール)
さて、その味わい深い懸垂式モノレールであるが、2017年現在、日本国内にはわれらが湘南モノレールを含む4路線が活躍している。こういうことを自慢するのもどうかと思って日頃から遠慮してきたのだが、ここでははっきり言わせてもらう。わたしはその4路線全部に乗ったことがあります! ああすっきりした。
すっきりしたついでに言ってしまうと、廃止路線の保存車両を見に行ったこともあるし、懸垂式の元祖、ドイツのヴッパータールのモノレールにも乗りに行った(しかも3度も)。自分ではあまり意図的ではなかったのだが、わたしはいつのまにか懸垂式マニアだったらしい。なぜそんな一歩引いた言い方になるのかというと、訪ねた懸垂式の半数以上が動物園に行く手段であったためである。わたしにとって懸垂式は目的ではなく手段なのだった。ちょっと申し訳ない気もするけどまあいいか。
今回、湘南モノレールそのものの魅力は強力なライターさんたちが手を替え品を替え紹介してくれるそうなので、わたしは援護射撃というか、懸垂式全体の魅力をアピールしてみようと思う。
一口に懸垂式と言っても軌道と車両の構造によって分類される。湘南モノレールと千葉都市モノレールが採用しているのはサフェージュ式というタイプだ。てっきりサフェージュさんという人が発明したものだと、ずっと信じていたらまるでちがってた。この方式を開発したフランスの共同事業体の正式名称がえらく長ったらしいので、頭文字を並べてSAFEGEと呼んだものらしい。でもなんかおしゃれ。サフェージュ、フランスの風を感じないか。
サフェージュ式(湘南モノレール)単線ですっきり。柱がずっと片持ちなのに傾かないのは不思議
サフェージュ式(千葉都市モノレール)1列の柱で複線を抱えこんで大変そう
で、そのサフェージュ式の最大の特徴はというと、走行装置がすっぽり箱型の「軌道桁」という、要するに下が開いた箱がびろーんと伸びたようなものに収まっている点である。おかげで雨が降ろうが雪が積もろうがおかまいなく、常に安定した走りが約束されるという。では下から吹き込むような雨にはどうなのか?とか考えるけど、そんな雨になるような日は横風もめちゃくちゃ強いのであるからぜひ運行自体を休んでほしい。
悪天候に対する強さって、凍結したり雪深かったりする地方ではものすごいメリットになるはずなんだけど、日本でサフェージュ式が走っているのはなぜか湘南と千葉。どちらも日本でも指折りの温暖な土地であり、そんなマイルドな気候で花開いてていいのかとも思う。サフェージュ本来の強みを見せつけてやれてないのは、他人事ながらくやしい。
ところでさっき廃止になった懸垂式の路線があると書いたけど、実はそれが日本初のサフェージュ式だった。名古屋は東山公園の、動物園と植物園を結んで開業したのに、わずか10年で廃止になってしまった路線である。その車両は今でも東山動物園内に静態保存されているので、懸垂/サフェージュ好きはぜひお参りに行ってほしい。ちなみに現在園内で運転されている二代目モノレールは跨座式の遊園地レベルの車両で、営業距離こそ初代より長いものの、本気度に欠ける気がする。あいつ跨座式にしてからダメになったよな、みたいな感じだろうか。(つづく)
サフェージュ式(東山公園モノレール)静態保存なので動きません