不思議な建造物
目が釘付け、とはこういうことだろう。
地元の古本市でたまたま手にした絵葉書に、奇妙なものが写っていた。
山の向こうから大魔神...的な
木立の奥に立ちあがる、巨大な建造物。
周囲とスケール感のずれたその大きさと、見慣れない形が、なんだか気持ちを不安にさせる。
もう一枚。
さらに近づく。
手前に橋が延びている
お城...いや寺院風だろうか。
写りこんだ家が小さく見える。やはりかなりの高さと大きさだ。
古びた平屋の町並みと、ちょこんととまったレトロなバスが、はるか昔の光景と教えてくれる。
二枚の古い絵葉書に記された名前は、共に「江の島龍口園」。
龍口園(りゅうこうえん)とは、昭和の初め、現在の藤沢市片瀬山公園の位置に 数年間存在した遊園地だ。
そしてこの不思議な建造物は、地上約53mにある龍口園にアプローチするための 屋外エレベーターだった。現在の湘南モノレール「湘南江の島駅」あたりに設置され、 エレベーターとしては当時日本一の高さを誇ったという。
残る資料が少なく、実態不明といわれてきた「龍口園」、そしてそこにかかる巨大なエレベーターとはいったいどんなものだったのか。 大切な土地の記憶が次代につながるよう、記しておきたいと思う。
伝説の地にあらわれた遊園地
「龍口園」が建設されたのは、藤沢市片瀬山丘陵の南端「龍口山」の山上だった。(現 片瀬山公園)
山の名前は、かつてこの地で悪行をはたらいていた五頭龍が、江の島に降臨した弁才天の意に従い改心し、のちに山の姿になったという言い伝えから。
ふもとに建つ「龍口寺」は、処刑寸前の日蓮上人を不思議な光が救った霊跡の地として、山とともに近隣の八つの寺が護ってきた。
まさに、伝説と祈りにつつまれた地だ。
「龍口園」は丘陵南端の高台にあった。
(カシミール3Dにより作成)
龍口山の山上は、相模湾や富士山、江の島などを望む眺望の名所だった。
大正時代の初めには寺院による整備もすすみ、県内の新避暑地を選ぶ新聞社主催の読者投票で、第8位にもなっている。
山上からの眺めは幾種もの絵葉書になった。
「片瀬川・相模湾のむこうに富士山」の定番風景。
この龍口山山上に、昭和2年(1927)8月15日、「江の島龍口園」が開園した。敷地約2万坪の遊園地だ。(東京ドームの約1.4倍)
当時の観光案内に描かれた「龍口園」(昭和4年 後藤邦栄堂発行)
龍口園の文字に重なる赤い線は、現江ノ電。
現在の地形とあわせてみる。
山上に建つ青で示した展望台の周囲が「江の島龍口園」だった。
龍口山の山上は、海にむかって大きくひらかれていた。
(上記2点、国土地理院の淡色地図及び数値標高モデルより作成)
開園時に配布されたと思われるチラシ。「天恵の絶景」とアピール。(藤沢市文書館所蔵画像。藤沢市文書館の許可なく、転載・転用および複写することを禁止します)
龍口園のエレベーターと展望台は、江の島からも見えていた。
(昭和4~7年頃。絵葉書を一部加工)
注:「江の島龍口園」の、漢字表記は統一されていない。