江の島への近道 湘南モノレール株式会社

第四回 大船発祥の桜「玉縄桜」

季節はさかのぼり、2月末。
大船駅周辺を散歩していたら、あちこちで薄紅色の桜が咲いていた。
まだまだ空気は冷たいが、淡いピンクの花びらをたっぷり携えた桜の木を見ると、一足早く春の気持ちを味わうことができる。

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写真 玉縄桜(大船駅西口柏尾川沿い)

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写真 玉縄桜(コーナン鎌倉大船店周辺)

ソメイヨシノの開花より一足先に咲くこの桜の名を「玉縄桜」という。
じつは、大船フラワーセンターで生み出された桜だ。

「玉縄桜」が誕生したのは1969年。接木用の台木をつくる目的で、園内のソメイヨシノに実った種を蒔いたところ、偶然早く芽が出るタイプが見つかった。選別して育ててみたところ、ソメイヨシノよりも20日ほど早く開花したそうだ。
ソメイヨシノと、どこからか飛んできた種が自然交雑したものと考えられる、この桜。栽培を続け特性を調べると、ソメイヨシノとは明らかに異なった形質があることが分かった。
一番の違いは、開花時期が早いこと。ソメイヨシノの開花時期は、3月下旬から4月頭の入学式シーズンだが、この桜は2月から3月の卒業シーズン...場所によっては1月下旬に、淡いピンク色の花を咲かせ人の目を楽しませてくれる。早く開花する分、開花する期間も長い。

1990年、この早咲きの桜は、周辺の地区名にちなんで「玉縄桜」という名前で新たに品種登録された(遺伝子解析の結果、片親は「ダイカンザクラ」であることが判明した)。

一般的に河津桜など早咲きの桜は、寒緋桜という濃い色の桜が片親なので、色が濃くなるが、玉縄桜は、早咲きではあるが花弁がソメイヨシノのようにピンク色をしているところが特徴だ。ソメイヨシノに先駆けて、一足先に春の訪れを感じさせる桜とも言える。

2006年、当時の大船フラワーセンター職員から玉縄桜の生い立ち話を聞き心打たれた有志により、「玉縄桜をひろめる会」が発足。以後10年間にわたり、会が中心となり鎌倉市内をはじめ各地に玉縄桜の苗木が植樹されていった。大船フラワーセンターより技術指導を受け挿し木を行い、発根した苗木をボランティアの「里親」が預かり1年間面倒を見る。その後育苗用の圃場で更に育成させ、無事に育った苗木を各地に植えたそうだ。

『玉縄桜に魅せられて』(玉縄桜をひろめる会)という資料には、鎌倉市内や近隣の市を中心に、北は東北まで、公園・学校・企業・老人ホーム・街路樹・お寺・神社など、様々な場所に玉縄桜が植樹された記録が残っている。東日本大震災一年後の2012年3月には、陸前高田に「鎮魂の植樹」が行われるなど、活動は県外にも広がった。2017年時点での合計定植本数は、総計141ヶ所・704本にものぼる。

ソメイヨシノに比べ根を張らせることが難しい玉縄桜。上記の資料によると、10年間で挿木・接木した本数は合計9878本に達したが、その中から発根して里親の手元で1年間育苗し、回収後に定植用の苗木になったのは、その1割以下の、約890本だったとのことだ。
無事に定植するところまで持っていっても、依頼先の都合で撤去されたり、管理不足や事故など様々な事情で枯れてしまうこともある。植えてもそれで終わりではなく、その後大きく育てるには、樹木医による継続的な管理が必要となる。
満開の玉縄桜を楽しめるようになるには、その背後で大変な労力が必要とされるのだ。

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写真 玉縄桜(コーナン鎌倉大船店周辺)

「玉縄桜をひろめる会」は2017年に、会員の高齢化に伴い活動休止となった。
現在その活動を引き継いでいるのは、「鎌倉大船ロータリークラブ」だ。
「百年の杜」構想を活動の柱の一つに掲げる鎌倉大船ロータリークラブでは、玉縄桜が大船に住む人にとってのシンボルツリーになってほしいという願いで、市民の目につく場所を中心に植樹を行なっている。
今年2月には、大船のランドマークとも言える大船観音寺にも、玉縄桜が植樹された。

「街というのは、単純に会社に行って勤めるための場所でもなければ、ただ寝に帰るところでもない、そこに集い暮らす場所。その暮らす場所に誇りを持ってもらいたい、と考えています。大人だけでなく子どもたちにも我が街を好きになってもらうために、何ができるかと考えた時、地元の人たちとも協力し玉縄桜を植えて行くことが、大船のシンボルツリーになるのではないか、と思い至りました。そのために、市民が自由に見られる場所にこれからも街の宝ものを植えて、大船はどこに行っても玉縄桜があるよね、と言われたいと考えています。2月から1ヶ月間、早咲きの玉縄桜に街を明るくしてもらって、あとはソメイヨシノに出番を任せる、という構想です。」(鎌倉大船ロータリークラブ会長・田中晢さん)

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写真 玉縄桜(コーナン鎌倉大船店周辺)

大船フラワーセンターで偶然生まれた桜が、地域のシンボルとして、人の手を介して各地に広がっていった。大船の街のいたるところで、玉縄桜が咲き誇る様子を想像すると、胸が高鳴る。
2018年の日比谷花壇大船フラワーセンターへのリニューアルに伴い、園内にも「玉縄桜広場」が新設され、現在園内でも約20本の玉縄桜を楽しむことができる。どの木もまだ背はそこまで高くないが、これからどんどん大きくなっていってほしいと願う。

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写真 玉縄桜広場

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写真 玉縄桜広場

以上全4回に渡り、大船にゆかりのある独自の植物を見てきた。
「大船フラワーセンター」発祥の植物がこんなにあるとは。またそれを独自の文化として守り、広めていこうとする方々もいらっしゃる。
植物を介して、大船という街の、新たな側面を知ることができた。

取材協力:
鎌倉大船ロータリークラブ 田中哲会長、玉縄桜をひろめる会発起人・長田克己さん、日比谷花壇大船フラワーセンター 石川十夢さん、木原吉郎さん

参考文献・資料:
・『神奈川県立フラワーセンター大船植物園のわくわく花散歩』(熊坂一夫)
・『植物園からの便り 開園四十周年を記念して』(神奈川県立フラワーセンター大船植物園)
・『玉縄桜に魅せられて』(玉縄桜をひろめる会)
・タウンニュース鎌倉版 2019年1月1日号
https://www.townnews.co.jp/0602/2019/01/01/463861.html
・タウンニュース鎌倉版 2019年2月22日号
https://www.townnews.co.jp/0602/2019/02/22/470955.html
・東京新聞 2019年3月7日号

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村田あやこ(大船系植物編)
路上園芸鑑賞家。福岡県生まれ。大学では地理学を学ぶ。街角の園芸活動や植物に魅了され「路上園芸学会」を名乗り魅力を発信。植物への興味が尽きず園芸装飾技能士の資格も取得。『街角図鑑』(三土たつお編著・実業之日本社、2016年)に路上園芸のコラムを寄稿。好きな植物はアロエ、シェフレラなどの丈夫な熱帯植物。TwitterInstagram @botaworks
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